「英語は単なる手段」。埼玉県唯一の中等教育学校が実践する「勉強と現実社会」のつなぎ方

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MOIS(Municipal Omiya International Secondary School)の愛称で親しまれる、さいたま市立大宮国際中等教育学校(以下MOIS)。
アクティブな探究学習や英語教育を実施していることで知られ、1年生の時から、数学や社会、美術といった他教科の授業を英語で行うことも。狙いは、試験の点数向上にとどまらない「現実社会での実践」にあると言います。

公立校でありながら、他校とは一線を画するスタイルで、全国から数々の教育関係者が視察に訪れるMOIS。めざすのは、人間力を高める「未来を探究する学び」です。取り組みを取材しました。

「関数を使うと、こんなことがわかるよ」

英語のみならず、MOISでの教科の授業は、常に現実社会にある課題との結びつきが重視されています。

たとえば、数学の授業で行われる関数の学習。従来の授業は、関数の定義や数式を教わり、例題を繰り返して知識の定着をはかるのが一般的です。
MOISでも基礎的な学習は各教科で行いますが、さらにその先へ学びを深めていきます。

校長の関田晃氏は、取り組みについてこう語ります。

「本校では『あなたはこういう立場で、この課題に直面しているが、どんなリソースを使って乗り越えていくか考えてみよう』というふうに、常にシチュエーションと課題を提起します。数学なら『何が使えるだろう? 関数はどうかな? ほら、関数を使うとこんなことがわかるよ、関数って使えるよ』と学びを深めていく。教わって終わりではなく、それを使って現実社会に貢献できることを生徒が自ら探究する、その過程を重視しています」

関田氏は、このような教育過程を「課題解決型の探究学習」と位置付けています。

「未知の状況や課題に直面したとき、臆せず自主的に取り組み、あるいは協働して最適解を導く『未来の学力』を養いたいのです」

探究心を持って「学び方を学ぶ」教育プログラム

MOISは、埼玉県初にして唯一の公立中等教育学校(注:一つの学校として一体的に6年間の中高一貫教育を行う学校)として、2019年に開校。

それ以前から市教委の一人として学校構想に携わり、開校以来校長を務める関田氏は、さいたま市や多くの教育者と協働しながら、世界に視野を広げた特色豊かなカリキュラムを構築してきました。


さいたま市立大宮国際中等教育学校(編集室撮影)

学校構想において目玉となったのは、本部をスイスのジュネーブに置く国際バカロレア(IB)機構の教育プログラムの導入です。IBは、グローバル化に対応できるスキルと、よりよい世界を築くことに貢献できる人間性の育成などを目的に、年齢区分に応じた独自のプログラムを提唱しています。

MOISでは、1~4年生全員がIBの中等教育プログラム(MYP)に基づいて学び、5~6年生では、さらに実践的なディプロマ・プログラム(DP)の選択肢を用意。DPを2年間履修し、一定の成績を収めると、国際的な大学入学資格(国際バカロレア資格)が取得可能になります。

MYPとDPの両方を認定された公立学校は、MOISを入れて全国で5校のみ(2024年3月時点)。厳しい基準を乗り越えて認定されましたが、関田氏は「バカロレアはあくまで手法」だと言います。

「国際バカロレアのメインコンセプトは『より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成』というものです。これは、なんのために勉強をするのかという問いの答えにもなりえます。バカロレアという手法を使って、学ぶ意義を理解し、学び方を学んでほしいと考えています」

徹底した自分事化。社会課題は目の前の勉強とつながっている

探究心を育てるのは、教科学習での工夫にとどまりません。
MOISが独自に設けている「3G Project(※)」と呼ばれる探究活動(総合的な学習の時間)では、現実社会の課題をテーマに、個人あるいはグループで問題解決に取り組みます。

(※)3G:Grit=やりぬく力、Growth=成長しつづける力、Global=世界に視野を広げる力の3つの単語の頭文字。「3G」はさいたま市が教育都市として掲げるキーワードであり、同校の校訓にも採用している。

また、そこで出た課題や、より自分で調べたいテーマを深掘りするために「LDT(Learner Directed Time)」と呼ばれる隔週の自己学習プロデュースの時間も用意し、大学や研究機関、企業などからも講師を招いています。必要があれば、生徒自身で外部の方とのアポイントを取ることも珍しくないそう。


「3G Project」成果発表の様子
(写真提供:さいたま市立大宮国際中等教育学校)

「とはいえ、探究学習にはステップが必要」だと関田氏は語ります。
1年生では、自分の学校について調べたことを発表したり、市の未来をより良くするプランを企業の助言を得ながら考察したり。そして2年生はグループでSDGsを探究する……といったふうに、徐々に視野を広げて学びを深めていきます。

「ある4年生の生徒は、保護者の来校する日に、世界の食糧問題を考えてもらうきっかけとしてフードフェアを実施しました。各国料理のキッチンカーを複数招いたりしたのですが、事前に先生からアドバイスを受けながら保健所への確認なども、生徒一人で実行していました。

紐解けば、この取り組みも、2年生のSDGs探究からつながっているのでしょう。どんな課題も自分事として考え、自分ができることで貢献する。それが大事なのです」


(写真提供:さいたま市立大宮国際中等教育学校)

現実社会の課題を自分事化するMOISスタイルは、年2回の三者面談にまで行き渡ります。

MOISの三者面談では、冒頭に生徒が「学習の進捗」「自分の課題とその解消は、自分の将来像にどう結び付くか」「その将来像は、世界を良くすることにどうつながるか」を教師と保護者にプレゼンテーションする時間を設定しています。
目の前の課題が、未来の現実社会とつながっているのを意識することで、「何のために学ぶのか」を考えるきっかけの一つとしているのです。

高い英語力を支える独自の授業

そしてもう一つ、MOISでの学びを紹介するうえで切り離せないのは、高いレベルでの英語学習です。MOISでは、中学生相当のうちにほぼ100%の生徒が英検®準2級レベル以上の英語力を身に付け、模試の成績も高いレベルを保っていると言います。

「英語は目的ではなく単なる手段、ツールです。できないよりはできたほうが便利だよね、というスタンスで英語を使い、さまざまな教科を学びます。そのなかで必然的に英語力が身についてくるのです」

実施しているのは、冒頭でも紹介した「English Inquiry」という学習。英語ネイティブ教員らによるイマ—ジョン教育(他教科の授業を英語で行うこと)のもと、各教科で学習した内容を互いに関連付けて学ぶことで、異文化の世界観を知り、縦横無尽に知識を広げることができます。

また、通常の英語の授業でも、入学直後から外国人教師も日本人教師も日本語は使わないとのこと。さらに、毎朝15分の「All English」の時間には、日記、手紙、プレゼンなど自分で決めたテーマに英語で取り組みます。MOISの1日は英語で自分を表現する15分から始まり、それが日々積み重ねられていくわけです。


3年生は海外語学研修、5年生には海外フィールドワークも行う
(写真提供:さいたま市立大宮国際中等教育学校)

「青くない青春」が、新たな教育への原動力に

数々のチャレンジングな教育を推進する関田氏ですが、そこには自身が高校生のときに感じた「つらい気持ち」が反映されていると話します。


学校長の関田晃氏(編集室撮影)

当時関田氏が通っていたのは、学力県内トップクラスの進学校。日ごろから勉強に励み、常に好成績を収めていましたが、それは楽しさからではなく「大学で本当にやりたい勉強をやるためには、今つらいのはしかたがない」という気持ちが根底にあったそうです。

そして、受験を控えた3年生の夏のある日のこと。

「18歳という青春真っただ中なのに、全然青くない。灰色だ。なぜ灰色なのだろう、と愕然(がくぜん)としてしまったのです」

灰色の「なぜ」が示すのは、なぜ勉強するんだろう、なぜ生まれてきたんだろうという気持ち。この思いはモヤのように心に広がり、教育のそんな状況を変えたいという理想と、教員になりたいという希望の芽生えにつながったと言います。

その後関田氏は、大学で学校経営や教育行財政などを含めた教育学を修め、念願の教員に。自身の「青くない青春の原体験」を抱きながらも、現場では思いと反対の指導をせざるを得ない時代もあったと言いますが、時を経て、MOISの構想に携わる機運に乗じ、理想と経験、知見の集大成となる教育を実現しています。

MOISの取り組みは、公立学校が行う意義と難しさ、その両面があると関田氏は語ります。

「公立ならではの低廉な授業料は、通う側のメリットになりますよね。他方、授業料を一方的に変更することはできませんし、IB教員の養成や国際理解のプログラムを経た教員を、私立校のようにスカウトできないジレンマもあります。
ただ最近は、さいたま市の採用試験の変更などもあって、本校の存在を意識して採用試験を受けていただける人も増えたことで、人材獲得の困難さは解消しつつあります」

変わる大学入試にも果敢にトライ

新たな取り組みに満ちた6年間。気になるのはやはりそのあとの進路ですが、2019年に開校したMOISでは、まだ卒業生がいません。

「2025年の春、初めての卒業生を送り出します。生徒も保護者も教員も、期待と不安が入り混じった状況というのが正直な現在地です。ただ、大学の入試制度は、総合型選抜が増えるなど、本校の生徒にとってチャレンジしやすい方向性に変わってきています。生徒には『未来の自分がどうありたいかをもとに進路を決めて、思いきりトライしよう』と呼びかけています」

そんな中でも、「時代のニーズに合った学び」を提供している手ごたえはすでに感じているそう。

「よい授業をしている自信はあります。手前味噌ですが、官民問わず、視察に来る方は皆さん、大いに評価してくださいます。そして口々に『自分もここで勉強したかった』と。うれしい言葉です」

しかし、「真の評価は20年、30年後」と関田氏は続けます。

「MOISを卒業した子どもたちが世界でどう活躍しているか。より良い世界の構築に貢献できているとしたら、それこそが教育効果。まさに教育のだいご味ですね」

公立校がしかける、新たな教育の実践──。このみずみずしい学校の取り組みは、日本の教育、そして世界をどう変えていくのか、今後も注目です。

※英検®は公益財団法人 日本英語検定協会の登録商標です。
※このコンテンツは公益財団法人 日本英語検定協会の承認や推奨、その他の検討を受けたものではありません。

ベネッセ教育情報「教育用語解説」では、本記事でご紹介した「国際バカロレア」について詳しく解説しております。併せてご覧ください。
https://benesse.jp/educational_terms/15.html

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