「偏差値の話抜き」の教員会議、宿題削減… 長崎の公立伝統校が、進路指導を一変させたワケ
- 教育動向
自分の学力で行けそうな大学を選ぶ。そんな「なんとなく」な大学選びをしてきたかたも少なくないでしょう。偏差値に基づく進路選択は、一見合理的に思えるもの。
でも、令和の今、ほかの考え方もあるのでは──?
そんな疑問に正面から挑み、新しい進路指導に取り組む公立高校が長崎県にあります。
今年で創立103年目、県内トップクラスの進学校として知られる諫早(いさはや)高校では、教員間で「偏差値の話抜き」で生徒について話し合う会議を行ったり、生徒の時間の余裕を生み出すために宿題を大幅に削減したりするなど、異色の取り組みを行っています。
これらは、生徒の進路選択や学校生活にどのような変化をもたらしているのか。同校での改革を率いてきた後田(うしろだ)康蔵先生に伺いました。
課題に追われ、疲れ果てていた生徒たち
後田先生が進路指導改革に乗り出したきっかけは、12年前に同校へ着任してすぐに「疲れ果てた生徒の姿を目の当たりにした」(後田先生)ことでした。
「生徒たちは、いつも宿題や補習に追われていました。真面目であるがゆえ、タスクにも必死に取り組み、余裕がない。受け身にならざるを得ない状況だったのです。大学も『行きたい学校』ではなく『行ける学校』を選んでいました。合格実績は出ていたものの、それでいいのかという疑問が、心の中で日に日に大きくなりました」
同校の卒業生でもある後田先生。サッカー部の主将として仲間と血気盛んに奮闘していた思い出と、目の前の疲弊した生徒たちのギャップに戸惑いを覚えたと言います。
さらに、卒業生が大学進学後に後ろ向きな理由での退学を考えるケースを耳にし、改革を決意。めざしたのは、学ぶことを楽しみ、生徒が主体的にキャリアを選ぶ学校像でした。
校舎外観 (写真提供:諫早高等学校)
宿題と補習を削減。「時間の余白」で生徒が変わり始めた
最初に手をつけたのは、生徒を課題漬けの日々から解放することでした。主体的に自分の関心事に向き合うには、何よりもまず時間が必要だと考えたためです。
「宿題を少しずつ減らし、朝の補習もなくしました。学校が拘束していた時間を、生徒に預けたのです」
生徒に時間の余裕ができたことで、徐々に勉強や部活以外の「第3の自分」を追究する姿が見られるようになったと言います。
「忙しさのなかで置き去りになっていた、興味関心や好奇心に向き合う余裕ができたからでしょうか。自分から機会を求めるエネルギーが生まれ始めました」
ありがちな「講演会」が生徒の手で一変
校内の風土を変える大きなきっかけになったのが、校外からゲストを招く講演会でした。同様の取り組みは多くの学校で行われていますが、企画や運営は学校主導で行うのが一般的です。
一方、諫早高校では、講演のテーマ選びから講師選定、登壇依頼、プログラム作成、当日の運営、事後学習までを生徒に委ねて運営をしています。
たとえば、AI開発の技術者を招いて議論を交わしたり、途上国の教育支援に取り組むNGO創業者から貧困問題について学んだり。多種多様なテーマが検討され、生徒の手によって実施されてきました。
「学校の中にはない多様な価値観との出合いが大きな刺激となり、熱量が段違いに高まりましたね。それだけ、生徒は主体性を発揮できる場を求めていたということだと思います」
講演会後に開催するワールドカフェの様子。講演に関するテーマについてさらに意見を交わす。
参加は希望制だが、毎回80名ほどの生徒が自主的に集まるという (写真提供:諫早高等学校)
「偏差値の話は抜き」の教員会議
生徒が主体性を発揮し、変化していく姿は、教師の意識をも変えていきます。その集大成が、教員同士で、成績や偏差値の話を抜きに生徒一人ひとりの素質を語る「キャリア検討会」です。
「生徒がさまざまな活躍を見せるようになったことで、偏差値以外で生徒の個性を多面的に理解し、支援することの必要性を実感したんです。『キャリア検討会』では、生徒が何を考え、どんなことに関心があるのかを共有し、それに対するサポート手段を話し合っています。
偏差値ベースでの進路会議は、どうしても『〇〇が苦手』と懸念をあげる場になりがちですが、この場は生徒の個性や良いところを話し合おうということでスタートしました」
キャリア検討会は、1年次の12月と2年次の10月に実施。積極的に自身の関心ごとに取り組む生徒に対しては、担当教師を決めて1対1で伴走する態勢を用意します。さらに、生徒の課題意識にこたえる人や場を紹介したり、大学での学びやキャリアプランを描くこともサポートしたりしているといいます。
大学受験でもチャレンジが増加
同校の改革が始まって今年で10年。いわゆる「受験指導」とは一線を画す取り組みながら、大学受験においても高い合格実績を上げ続けています。
それは数字のみならず、大学受験のプロセスや、生徒が受験に向かうマインドにも変化をもたらしました。
「難関大学の総合型選抜、自己推薦などの合格者が増えました。これらの入試方法では、筆記試験だけでなく、志望理由書や面接、小論文などで多面的な評価が行われます。主体性を発揮することがそのまま入試対策にもつながり、より人間的な成長を遂げる生徒が増えたように感じます」
また、安全志向ではなく、自分が学びたいことや、関心のあることに向けてチャレンジする生徒も増えたと言います。「受け身姿勢で受験に臨む生徒もずいぶん減ったと思います」と後田先生。着任時には想像もできなかった熱量が、今の諫早高校にはあります。
講演会(同校では「グローバル講演会」という名称で運営)の様子 (写真提供:諫早高等学校)
変えるべきは大人のマインド
なぜ、諫早高校はここまでの変化を生み出すことができたのでしょうか。10年間を振り返り、後田先生は「変えるべきは生徒ではなく大人のマインド」だと指摘します。
「昨今『受け身の生徒が多い』という意見も聞かれますが、それは、大人が『受け身にならざるを得ない環境』にしてしまっているのかもしれません。宿題漬け、課題漬けにしていたら、主体性を発揮する余地はないですよね」
宿題を出してほしいという生徒もいるのでは、という考えも浮かびますが、後田先生は首を横に振ります。
「もちろんそのような生徒もいます。しかし、宿題がなくても主体的に勉強したいと思える環境をつくることが、大人の役割なのではないでしょうか。変化が激しい時代を生き抜くためには、学校はもちろん、保護者のかたも『決められたことをやらせることに固執しない』という意識を持つことが必要なのかもしれません」
実は、当初は取り組みに対して周囲から懐疑的な意見も挙がっていたそう。後田先生は、地道に校内の目線や価値観をすりあわせていくなかで、教師が抱える葛藤に気付かされたと言います。
「教師も、これまでの指導のままではいけないと気付いていて。社会が劇的に変わっていくなかで、受験指導だけが変わっていかないことにジレンマを抱えていたのだと思います。取り組みに対しても、徐々に前向きな意見をいただくことが増えてきました」
次なる進化は、対話から決断
いまや全国から注目を集める諫早高校のキャリア教育。それでもなお、諫早高校は改革の歩みを止めません。後田先生も、既に次の企画を進めているのだとか。
「たとえば講演会は、対話や抽象度の高い議論だけで終わっているという反省点があります。『対話ハイ』で終わらせず、対話を受けて決断まで持っていくよう進化させたいですね」
現在は、指導教諭として授業そのものを探究的な活動にする取り組みにも邁進中。これからの社会でしなやかに活躍する人材をいかに育成していくのか、今後の取り組みにも注目です。
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