宿題廃止から1年半…「勉強しなくなる」は本当か?ある小学校の挑戦で起こった変化

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「宿題はあって当たり前」「学力担保のためには、必要不可欠」──。

そんな声も少なくない中、宿題の「廃止」に踏み切った小学校があります。山形県新庄市の日新小学校は、2023年4月に、学校から出す宿題をなくしました。

宿題をなくして約1年半、どのような変化があったのでしょうか。また、子どもが勉強しなくなったり、学力が低下したりといった影響はないのでしょうか。取り組みを推進してきた、同校の浅井純校長に聞きました。

授業中の児童の様子(画像提供:日新小学校)

この記事のポイント

出発点は「一方的な教育」への違和感

浅井校長が宿題廃止を決めたきっかけは、自身が「一方的な教育は子どもたちのためになっていないのではないのか」という疑問を抱いたことだといいます。

「30代前半までは、一方的な指導ばかりしていました。学力を付けてほしいという思いゆえですが、宿題をやらない子は厳しく問い詰めていましたね。今思えば、子どもたちに『勉強はやらされるもの』と感じさせてしまっていたかもしれません」

その後校長となり、校舎を巡回する中、毎朝のように宿題を出せずに泣いている子どもを目にすることにも胸が痛みました。

「これまでの教育の『当たり前』への違和感が大きくなっていきました。子どもたちに身に付けてほしいのは『主体的に考え、自ら学ぶ力』であり、予測困難なこれからの社会を生き抜くために必須となる力です。押し付けのような教育では、実現できません」

主体的に学ぶ子どもを育てるには、どうすべきか。提出することが目的になりがちな宿題をなくすことから、改革をスタートさせることを決意しました。

「勉強しなくなる」「学力が落ちる」不安を抱く教員と1年かけて対話

宿題廃止の方針に、当初は教員からの戸惑いの声も少なくありませんでした。「改革には教員の意思統一が必要不可欠」を信条に、1年かけて丁寧に対話を重ねたといいます。

「宿題をなくすことが目的ではないこと。やらされる勉強ではなく、主体的に考え、意欲的に学ぶ子どもを育てることが目的であること。それこそが予測困難なこれからの社会を生き抜くために必要であること。さまざまなデータを示しながら、繰り返し伝えていきました」

宿題をなくすか否かではなく、「どんな子どもを育てたいか」と根本の部分から一緒に考えることで、少しずつ教員の理解を得られたといいます。

対話をとおして教員の意識は少しずつ変化し、懸念よりもアイデアが挙がるように。ある教員からは「宿題がないことで何を勉強すればいいか迷うことのないように、復習プリントを配布しては」というアイデアが出されました。

この提案に対して、浅井校長は2つの条件を付けました。

「1つは、全員に同じものを配布するのではなく、複数のものから子どもが選べるようにすること。もう1つは、提出を求めないということです。自分で選び、主体的に取り組んでもらうために必要なことだと考えました」

不安を抱える保護者には説明会を開き、丁寧に理解を求めました。そして1か月の試行期間をへたあと、2023年4月に宿題を廃止。日々の宿題はもちろん、夏休みなどの長期休暇にも宿題はありません。

宿題がない代わりに、子どもたちは廊下に並べられた数種類の授業の復習プリントの中から学びたい内容を自分で選択。取り組みは自由で、提出の必要もありません。復習プリントを子どもたちが自主的に持ち帰るのが、同校の日常の風景になっています。

複数の種類が並べられている学習プリント
(画像提供:日新小学校)

毎日泣いていた子どもが「学校が楽しい」

当初複数の保護者から寄せられた「宿題をなくしたら勉強しなくなるのでは?」という懸念は杞憂(きゆう)でした。児童に実施したアンケートでは、家庭で勉強をしていない児童は1割未満。宿題を出さなかった子どもの数と同程度でした。

「宿題を忘れがちだった子どもが、10枚もの復習プリントを手にしていることもあれば、自分の好きなことを追究して学びを深めている子どもも見られます。自作の漢字字典を作っている子もいますよ」

やらされる宿題でないからこそ、子どもが持つ主体性が刺激されたのではないかと分析する浅井校長。特にうれしい変化だと話すのは、子どもの自尊心の回復を実感するケースだとか。

「宿題を提出できず毎日教卓の前で泣いていた男の子が、私に『学校が楽しい』と言いにきたんです。宿題ができないことで感じる周りへの負い目からも解放されたのでしょう」

そんな彼は、宿題に追われず、時間的にも精神的にも余裕ができたことで、好きな野球チームに入団。「海外で活躍したい」との目標を掲げ、英語の勉強にも興味を持ち始めているといいます。

宿題廃止で授業の質も変化

宿題廃止は、教師の授業の質をも変えつつあるといいます。

「宿題がないからこそ、授業を受けた児童の『もっと知りたい』という知的好奇心を刺激して、自ら学びに向かわせることが重要になります。子どもに『これはどういうことなんだろう?』と《?(クエスチョン)》を持たせられる授業をめざしています」

宿題廃止以前から学校全体で取り組んでいた授業改善の方向性が、宿題廃止を機により明確になりました。

「『もっと知りたい』という気持ちを刺激するために、教えるのではなく、考えさせる授業へと少しずつ進化しています。教師のスタンスも一方的に知識を詰め込むティーチングスタイルではなく、児童と一緒に悩んだり考えたりして対話しながら答えにたどりつく伴走型に変わりつつあります」

「こうだ」と教える授業でなく、「どうしてだろうね」と考えさせる授業は、雰囲気も柔らかくなるといいます。疑問に対し、思考や対話を重ね、答えを見つけていく学習を重ねることは、予測困難なこれからの時代を生き抜く力につながる。そう浅井校長は指摘します。

同校ではクラブ活動も盛ん。地元の高校生から教わる機会も(画像提供:日新小学校)

保護者からの好意的な声が生まれつつある

宿題廃止当初あった保護者からの反対意見も、児童数500人ほどの中で5、6件まで減少しました。

「当初は、勉強しなくなる、学力が低下するといった声に加えて、『校長の自己満足では?』といったご意見もいただいていました。最新のアンケートでは、子どもが楽しそうに勉強しているといったプラスの声が、確実に増えました」

子どもに好きなことを追究させる大切さを理解する声や、宿題に追われず親子で伸び伸びと夏休みを過ごせたことを喜ぶ声も寄せられたといいます。

「保護者世代は詰め込み型の教育が当たり前だった世代。宿題廃止を理解しづらい部分があって当然だと思います。家庭学習相談会などを実施し、個々の疑問や意見に丁寧に向き合うことはこれからも続けていきたいと思います」

家庭に配布した家庭学習の啓発チラシ 
※一部を抜粋(提供:日新小学校)

「?」を持ち続けられる子どもを

宿題廃止から1年半。当初学力低下を懸念する声もありましたが、対外的な学力テストの結果は、例年の傾向と大きな差はなかったそう。

改革はまだ始まったばかり。自ら考え、主体的に学ぶ子どもを育成するうえで、課題は2つあると浅井校長は指摘します。

「授業の質の向上は非常に重要です。授業がつまらなければ、もっと知りたいという意欲は生まれません。『なんで?』と知的好奇心を刺激する疑問を抱かせる質の高い授業をこれからも追究していきたいと思います」

もう1つの課題は、1割ほどいる家庭学習ができていない子どもを、いかにサポートするかだといいます。

「さまざまな事情や環境で、勉強したくてもできない、家庭でのサポートも得にくいというケースがあります。誰も取り残さないために、学校ができるサポートの在り方を考えていかなければなりません」

予測困難な社会を生き抜くためには、自ら考え、主体的に学び行動することが必要不可欠。これまでとは違う社会に向かうからこそ、これまでどおりでは立ち行きません。学校の「当たり前」を変えていく、同校の今後の取り組みにも注目です。

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