英語ができるのでモノリンガルの日本人とは感覚的に少し違うのでしょうか[中学受験]

平山入試研究所の小泉浩明さんが、中学受験・志望校合格を目指す親子にアドバイスする実践的なコーナーです。保護者のかたから寄せられた疑問に小泉さんが回答します。




質問者

小6男子(性格:大ざっぱ・わんぱくなタイプ)のお母さま


質問

国語は、偏差値65くらい。もう少し上げたいです。読解問題が弱い、というか、親の複雑な気持ちとか、恋する気持ちなどがわかりません。本はたくさん読んでいるのですが。英語ができるので(読む本は洋書のほうが多い)、主に日本語しか使わない、モノリンガルの日本人とは感覚的に少し違うところがあったりするのでしょうか?


小泉先生のアドバイス

わかりづらいところは解説してあげるという手助けは大切。

「読む本は洋書のほうが多い」というくらい英語に堪能なお子さまであれば、どちらかといえばネイティブに近い感覚をお持ちなのでしょうか。そのため、日本語で書かれた物語を読む時には、すんなりとは理解できない場合があるのかもしれません。
言葉というものは、それぞれの文化に根差しています。その国の文化を理解していなければ、なかなかその国の言葉で書いてある文章を深く理解することは難しいこともあるでしょう。特に物語の場合は、読者にその意味を委ねることも多いため、余計にわかりにくいのです。

中学入試でも、外国の作品が出題される場合はあります。栄光中学(神奈川)や麻布中学(東京)などでは、比較的よく出題されます。児童向けの作品で日本語に翻訳されていますから、それほど読みにくいはずはないのですが、それでも物語の根っこの部分で分かりづらいところがある場合はあります。それは、文化の差といってよいでしょう。
たとえば、欧米人は日本人に比べて自分をアピールするのが強いとか、小さい頃から独立心が旺盛であるといわれています。また、友達関係や親子関係も日本のそれとは違っています。そして、そのような違いを知らずに海外の作品を読むと、「なぜ、主人公はそこまで落ち込むのか?」「なぜ、彼女はその場を逃げ出さなければならなのか?」などと不思議に思う場面に出くわします。もちろん、試験でそのような文化の差まで問われることはあまりありませんから、点数には関係なく、なんとなく「変だなぁ」で終わってしまう場合が多いのですが……。

しかし、ネイティブの感覚に近い子どもたちが、受験で日本の物語を読む場合は少し状況が違ってきます。中学受験に出てくる作品は、多くは日本の作家が書いたものです。問題をつくる先生方も、日本の子どもたちがおそらく持っているだろうと思われる共通の感覚を前提に試験をつくります。当然、そのような共通感覚が欠けている場合は、「なんで?」と思う箇所も出てくる可能性はあります。複雑な親子関係や友人関係、特に男女の関係など、微妙な心情をとらえなくては読み取れないような箇所はなかなか理解できないかもしれません。
そのような場合は、保護者のかたも一緒に読んであげて日本の独特の感覚を考えたり、教えたりすることが大切だと思います。もちろん、それぞれの文化のうちどちらが正しいとか、どちらが優れているとかはありません。それぞれの文化を理解して、なぜそのような違いがあるのかを学ぶ姿勢が大切だと思います。言語と文化は深く関わっていることや、文化はその地域の風土に根差していることを再発見するよい機会になると思います。

以上、一般的なケースを述べましたが、お子さまのケースがこれに当たるかはもちろん断言できません。しかし、文化の違いにより深い理解ができていない可能性は大いにあります。国語の勉強、特に物語文を読む機会を増やし、わかりづらいところは解説してあげるという手助けは、やはり大切だと思います。



プロフィール


小泉浩明

桐朋中学・高校、慶応大学卒。米国にてMBA取得後、予備校や塾を開校。現在は平山入試研究所を設立、教材開発など教務研究に専念。著作に「まとめ これだけ!国語(森上教育研究所スキル研究会)」などがある。

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