夏でも心地よい涼しさを感じられる家。自然に寄り添う民家のつくりから見つけた地域の魅力とは?【直島アート便り】
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気温が高く、日差しの強い夏が近づいてきました。暑さ対策など、毎年頭を悩ませている方も多いのではないでしょうか。瀬戸内海に囲まれた直島では、昔から暑い夏とも上手に付き合う暮らしの術がありました。今回は、直島の本村地区にある民家のつくりに注目しながら、自然と寄り添いながら営まれてきた人々の暮らしをご紹介します。
直島・本村地区ってどんなところ?
直島には、宮浦、本村、積浦という3つの集落があります。本村は直島の東部に位置しており、町役場や郵便局、寺社仏閣があるなど生活の中心地となっています。本村は、戦国時代の末期に高原氏により築城された「高原城」の城下町でした。江戸時代は天領だったこともあり、文楽などの芸能も盛んに行われていました。
今でも、香川県無形民俗文化財として受け継がれている直島女文楽が行われたり、秋には氏子さんたちが神輿を担ぎ太鼓とともに町内を歩く秋祭りが開催されたり、文化的なエリアでもあります。
本村には江戸時代に建てられた民家もあり、昔ながらの日本家屋が並んでいます。耐火性、風雨への耐性が高い焼杉板を外壁に使用している家屋が多い点も特徴的です。
本村風景 写真:鈴木研一
1998年には、本村の空き家などを改修し、そこで紡がれてきた人々の記憶や時間を取り入れながらアーティストが空間を作品化する「家プロジェクト」が始まりました。
2001年に開催された直島スタンダード展では、染色作家である加納容子氏が、本村の家の門や玄関口にのれんをかける作品≪のれん路地≫を発表し、現在も「直島のれんプロジェクト」として続いているなど、様々なアート作品が展開されています。本村は昔からある町並みと、今の風景とが重なりあう場であるといえるでしょう。
家プロジェクト「角屋」 宮島達男"Sea of Time ’98" 写真:鈴木研一
家プロジェクト「護王神社」 杉本博司"Appropriate Proportion"
直島そのもののポテンシャルを引き出す — The Naoshima Plan
生活や文化の中心地である本村地区は、昔から自然環境を生かした町づくりが行われていた場所でもあります。2011年から、本村の古民家の増築と町民会館の建て替えに際して設計を担当した、建築家・三分一博志氏は地球環境に即した建築を設計すべく、直島や本村の自然環境に関する調査を行いました。
本村地区の街並み
三分一氏が直島の集落やその場所での風、水、太陽の動きなどを調査する中で見出したのは、自然に寄り添った直島の暮らしの知恵と工夫でした。
本村は周囲が山に囲まれた緩やかな傾斜を持つ扇状型の谷地形をしています。
谷に沿って地区全体に南から北に風が吹き抜けていること。また、城下町だったことから谷に沿って碁盤目状に街区が整備されていること。碁盤目状の集落は、瀬戸内の島で唯一この本村だけであることを調査の中で発見しました。さらに、古い屋敷には塀に囲まれた家屋の南北に庭があり、その間を南北の続き間が繋いでいること。民家が碁盤目の街区と風の向きに沿って立ち並び、夏でも風が通ることで涼しく感じられるよう、昔から工夫されていたことも明らかになってきました。
このように家屋を通り抜けた風がまるでバトンのように次の家へ、そのまた次へと運ばれていく様を、三分一氏は「風のリレー」と表現しています。
また、地下水脈が張り巡らされていた本村では、集落に井戸が点在しており、実際に生活の中で使われていたこともわかりました。各家々は井戸を清潔に保ち、コミュニティ全体で地下水を共有し、水下の家へと渡していました。風と同様に、この様子を三分一氏は「水のリレー」と表現しています。
このように、日本の美意識がこの本村の地形、街区、建物のつくりに、今でも引き継がれていること、そして今後も引き継がれていくことが、大切であると三分一氏は語っています。
三分一氏は直島での2年半にわたるリサーチを通して「The Naoshima Plan」を構想しました。
建築家として建築物をつくる、島全体のプランを描く、そのことを通じて、直島で昔から受け継がれてきた人と自然の営みや、風・水・太陽に代表される「動く素材」を顕在化させ、直島そのもののポテンシャルを引き出し、直島の人々が島の将来を考えるきっかけとなることを目指しています。
三分一氏はこれまで「The Naoshima Plan」のもと、民家の母屋を再生し、離れを新築した「直島の家-またべえ」や、ホール、集会所、庭園で構成される公共建築「直島ホール」を手掛けてきました。
The Naoshima Plan「水」— 「動く素材」と民家のつくり
2019年、本村に開館したThe Naoshima Plan「水」は、直島では3作品目となる三分一氏の建築作品です。本村の風や水といった「動く素材」をテーマとしており、これまで脈々と受け継がれてきた生活の在り方を感じることができます。
奥の門から手前まで続く、風の通り道が見える。
築200年ほどの旧家を改築した建築内部は、南北の続き間となっており、心地よい風が通り抜ける「風のリレー」が再生されています。南北の門には「直島のれんプロジェクト」の加納氏によって手掛けられたのれんがかけられ、視覚的に風が通り抜けていく様子をご覧いただけます。
長屋門にかかるのれん。南を向く門から風が入り、のれんを揺らして奥へと通り抜けていく様子が見て取れる。
また、中庭には水を溜める水盤が設けられ、旧家で使われていた井戸からくみ上げられる湧き水も建築の要素の1つとして取り入れられました。井戸水は年間を通じて約15度から20度の水温を保つため、夏の間は涼をとるのに用いられています。
実際に木製の縁側に腰を掛け、足や手を水に浸けることでその冷たさを感じたり、涼しい風が通り抜けるのを体験することができます。長年にわたり本村の人々の暮らしと関わってきた風と水を、五感で感じることができる空間といえるでしょう。
暮らしと向き合い、見つけた地域の魅力
今日まで受け継がれてきた歴史や文化に現代アートが溶け込み、日々新しい風景が生み出されている本村。
民家のつくりや風、水といった「動く素材」との関係を紐解く中で見えてきたのは、自然に寄り添った暮らしを続けてきた直島の生活の在り方でした。本村には昔から残る美しい町並みや点在するアート作品など様々な魅力が溢れていますが、それだけではありません。本村をゆっくり歩いてみたり、三分一氏が手掛けた建築を体験したり、目には見えなくても確かにその場所に存在している豊かな暮らしや「動く素材」に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。まだ見えていない、地域の良さに出合えるかもしれません。
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