意味を体感・実感させることで「言葉」を自分のものにする授業

ご紹介するのは、兵庫県の小学校で、外国から来た子どもたちに日本語を教えるAM先生の授業です。この小学校は公立ですが、世界18の国や地域から来た子どもたちが学んでいます。
取材したのは、アラビア語・スペイン語・韓国語を母国語とする6年生3人に向けての授業です。子どもたちの日本語のレベルは、日常の会話で困ることはありませんが、自分の考えや感情が、まだうまく表現ができない状態です。3人は、国語の時間だけAM先生から指導を受けています。
取材時の題材は「冬」をテーマにした詩。その詩を通じて、一つひとつの言葉に込められた「思い」を体感させていきます。

AM先生は、詩の中に出てくる「冷える」と「悲しみ」の2つの表現に注目しながら、言葉を体で感じ、心に響かせようと考えました。
まず、声に出して読んでみます。
そして、もう一度、言葉の意味を考えながら声に出します。
そのうえで、3人にそれぞれにも表現の違いがあることを気付かせていきます。その理由を聞くと、ひとつの言葉にもさまざまなとらえ方があることがわかってきます。 
さらに、先生は、言葉を深掘りします。まずは、詩の前半に書かれている「手が冷える」「脚が冷える」という感覚について。

先生の質問は、「冷えるってどういう感じ?」。自分の体験と結びつけて、考えるように促します。
子どもたちからは
「お皿を洗った時、手が冷たくなった」
「雪で雪だるまを作った時、すごく冷えた」
「朝、学校に行く時手袋をしていなかったので寒かった」
などの声が出ました。
ここで、先生は、「氷水が入ったバケツ」を用意し、1分間手や足をつけてみます。すると、
「冷たさは、爪の間から入ってきた」
「ビリビリしてきて、そのあと痛くなったけど、それを通り過ぎると痛さも感じなくなった」
と子どもたちが口々に答えます。
実際に体感することで、「冷える」ことに対し、新たなイメージが加わったようです。これが、「体で感じ、心に響いた言葉でないと、使える言葉にならない」と言うAM先生が大事にしていることです。

AM先生が今回のような授業を始めるきっかけは、外国人児童生徒の日本語指導で主流を占める、「語彙(ごい)と文法」を中心に教えるということに、疑問を持ったことでした。記号化された言語は、実体や実感が伴いません。AM先生は、ただ記憶し、覚えこむだけで、はたして子どもたちの身に付くのかと疑問に感じていたと言います。
そんな時、アメリカへ多言語教育の視察に行き、ヒスパニックの生徒が98%を占める高校で、個人の考えや感覚をベースに、対話を軸とした授業を見たそうです。そこで、言語教育に、「驚き」「笑い」「悲しみ」「遊び」「友達付き合い」「達成感」「疑問」など、子どもたち自身にとって、意味のある状況や活動に取り組ませることが、言語習熟を圧倒的に早めると確信したそうです。

そして、詩の後半では、心の「悲しみ」について触れられています。
先生は、「大声で泣きたいようなことを、言える範囲で話してみて」と伝えました。子どもたちは
「お兄さんとの別れ」
「友達との別れ」
「おばちゃんが死んだ時」
などと話しました。
さらに、先生は、「その時悲しさは、どこで、どんな風に感じた?」と問いかけます。
「目が熱くなって、涙が出た」
「胸が痛くなった」
「体全身で感じた。何も考えられないくらい」
など、子どもたちは口々に答え、再び、いろいろな感じ方があることに気付いたそうです。

この授業の翌日、中学受験でのエピソードをAM先生が教えてくれました。
AM先生が授業を受け持った児童が、面接で「あなたは日本語がぺらぺらですね」とほめられたあとに、「日本語を学ぶうえで大切だと思うことは何ですか?」と聞かれたそうです。
これに対してその児童は「『悲しみ』という言葉だったら、自分の『悲しみ』の心を込めて、日本語を使うことだと思います」と答えたそうです。
 
「これを日本の英語教育でも……」と思ったのは私だけでしょうか。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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