杉並・和田中の「夜間塾」が問いかけたもの

民間企業リクルート出身の藤原和博氏が校長を務め、「よのなか科」の授業などで知られる東京都杉並区立和田中学校で、1月から始まった「夜スペ」(夜スペシャル)という授業が、全国の注目を集めました。実施について東京都教育委員会から疑問が出され、9日から開始の予定を26日に延ばしてスタートにこぎつける、という曲折を経たからです。この問題は和田中にとどまらず、今後の公立学校全体を考えるうえでも、いろいろな角度から参考となる事例と言えそうです。

「夜スペ」は、都立の進学重点校や私立の中上位校を目指す生徒(募集人員は現2年生15~30人程度)を対象とした、1年間の特別授業です。そこには、公立校が今まで成績上位層の生徒の能力をなかなか伸ばせなかったという、いわゆる「吹きこぼれ」(「落ちこぼれ」の逆)の問題を解決する狙いがあります。住民などで構成する「地域本部」の主催で、学習塾から講師を派遣してもらい、平日夜(週3日)に国語と数学、オプションとして土曜日午前に英語の、計3教科を実施することにしました。月謝は2教科1万8,000円、3教科2万4,000円で、塾にかよう場合の半額程度に抑えたといいます。
これに対して都教委は当初、一部の生徒だけを対象としたり、塾講師が行う有料の授業に校舎を使用させたりするのは「教育の機会均等」の原則や公共性に反するのではないか、との疑問を投げかけ、杉並区教委をとおして再考を求めました。結局、区教委からの回答を再検討した結果、あくまで学校の教育外の活動であること、生徒の学力向上には公共性があることなどを確認し、24日の教育委員会定例会で事実上のゴーサインを出しました。

今や公立といえども「できる子」を伸ばすことに、異論はないでしょう。実際、各学校では習熟度別学習や少人数授業を行ったり、放課後などに補習をしたりするなど、さまざまな努力が行われています。しかし現状では、授業時間数や先生の数などに限界があることも確かです。一方、学習塾と連携することについては、都内でも既に港区や江東区の教育委員会が主催して塾講師による補習などが行われていますし、何が何でも「塾はダメ」という風潮は全国的に薄れています。
和田中のような取り組みが出てきた背景として、東京の特殊な事情があることも指摘しておかなければなりません。空前の私学ブームもあって、都内では公立小学校の成績上位層の多くが、私立中学校に流れています。公立中学校も何か手を打たなければ、地域の信頼を得られないし、学校としても成り立たない、という危機感があるのです。
学力向上のためにどういう取り組みを行うかは、その地域や学校、そこにかよう子どもたちの状況によって、必然的に変わってきます。「夜スペ」は、和田中がその置かれた状況の中で考えた、一つの試みです。しかし、それが唯一の正解であるというわけでもありません。各地でいろいろな試みが行われ、全体として学力の底上げを図る努力が、今後いっそう求められるでしょう。

プロフィール


渡辺敦司

著書:学習指導要領「次期改訂」をどうする —検証 教育課程改革—


1964年北海道生まれ。横浜国立大学教育学部卒。1990年、教育専門紙「日本教育新聞」記者となり、文部省、進路指導問題などを担当。1998年よりフリー。初等中等教育を中心に、教育行財政・教育実践の両面から幅広く取材・執筆を続けている。

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