歴史や生きることについて思索する—直島の杉本博司作品(後編)【直島アート便り】
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歴史と存在の一過性をテーマとし、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐にわたって活動するアーティスト・杉本博司。ベネッセアートサイト直島では、杉本博司の作品を1990年代から現在に至るまで数多く展開しています。後編は、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」について詳しく紹介します。
杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景、2022年 撮影:森山雅智
「杉本博司ギャラリー 時の回廊」ができるまで
2022年、直島にて「杉本博司ギャラリー 時の回廊」が開館しました。このギャラリーは、2006年に完成したベネッセハウス パークの屋内外にて、杉本博司の多様な作品群を継続的かつ本格的に鑑賞できる世界的にも他に例を見ない展示施設です。ベネッセハウスは「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館とホテルが一体となった施設で、時間によって変化する自然の表情を楽しみながら作品を鑑賞することができます。
杉本博司"苔の観念" 写真:杉本博司
杉本はベネッセハウス パークの開館時からホワイエ空間などに写真作品や彫刻作品を展示します。2009年にはさらに作品を展開し、鎮魂の間をイメージした作品群を展示します。この作品展開が「杉本博司ギャラリー 時の回廊」のもととなっています。
杉本博司"光の棺" 写真:杉本博司
世界を旅してきた硝子の茶室
2021年、ベネッセハウス パークのラウンジの外に、杉本の《硝子の茶室「聞鳥庵」》が設置されます。この茶室は、2014年にヴェネツィア建築ビエンナーレの関連展示で初めて公開され、ヴェルサイユ、京都を巡り、直島にて恒久展示されることになりました。
Hiroshi Sugimoto, Glass Tea House "Mondrian", 2014 (c) Sugimoto Studio The work originally created for LE STANZE DEL VETRO, Venice by Pentagram Stiftung
千利休による茶室「待庵」の二畳のスケールを踏襲(とうしゅう)しつつ、ガラスで囲われた空間とすることで、直島では茶室を囲む瀬戸内の海を借景と見立てています。また、「聞鳥庵」という名称は「鳥の声を聞く小部屋」であり、水平・垂直で構成されるピエト・モンドリアンの抽象絵画のようなしつらえとなったことが由来です。
周囲の環境を取り込み、開放的でありつつ内省的な空間をつくり出す茶室の佇まいは、鑑賞者が自然の変化や時間の経過をより意識することに繋がるかもしれません。
建築に対するアプローチ
「杉本博司ギャラリー 時の回廊」のオープンにあたり、杉本は安藤忠雄が手掛けたベネッセハウス パークの建築に対するアプローチを考えます。安藤の光の採り入れ方やコンクリート壁へのこだわりを尊重しながら、ディテールのみを変更することにし、杉本は自身が主宰する新素材研究所によってギャラリー内のラウンジを改修します。
ラウンジの中心には、杉本がこの場所のために制作した「三種の神樹」と呼ばれる家具彫刻があります。紀元前の大地震で地中に埋もれ、最近になって発掘された4000年前に発芽したと推定される神代杉と、樹齢1500年ほどの屋久杉、樹齢600年ほどの栃の木が使用されたガラス天板と一体となった彫刻的なテーブルです。神々の依り代(よりしろ)として信仰の対象となってきた木々は、時間の経過そのものを体現しているといえます。
杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景、2022年 撮影:森山雅智
また、このラウンジでは光に関する作品も展示されています。色がないように思われる太陽の光は、ガラスなどでできた透明な三角柱によって赤、黄、青などの色に分光されます。日の光を通してさまざまな色を床や壁面へと映し出す《プリズム》や、そのプリズムを使って分光され、壁に投射された光の色そのものを撮影した《Opticks》からは、自然が生み出す色の階調の奥深さを感じることができます。また、自然の変化そのものを体感するきっかけにもなっているのではないでしょうか。
歴史から生き方を考える
直島にある、時間の経過や自然の変化を体感することができる杉本の作品は、季節や時間帯によって見え方が異なるため、ゆっくりと時間をかけて何度も作品を鑑賞することで、さまざまな思索をめぐらせることができるかもしれません。作品を通して歴史に思いを馳せ、これからの生き方について考えてみてはいかがでしょうか。
杉本博司ギャラリー 時の回廊 展示風景、2022年 撮影:森山雅智
2023年、直島にある杉本博司の作品をめぐる「杉本博司作品鑑賞ツアー」を開催予定です。「杉本博司作品鑑賞ツアー」の開催については、ベネッセアートサイト直島のホームページにてお知らせします。
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