未来予想図を書いて将来と向き合う、総合的な学習の授業[こんな先生に教えてほしい]

毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。
小学生から高校生、そして、先生や保護者のかたに役立つ教育番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。



今回紹介するのは、岡山県の小学校のAQ先生の総合的な学習の時間の授業です。卒業を控えた6年生に「あなたは何になりたいか」と問い、10年後の自分の夢に対して、これから何をするのかをまとめた計画図「未来予想図」を書かせるというものです。
このような正解のない問題は、子どもにとって難しく、先生の力量が現れます。そして、中学校、高校、大学、社会へと進むなかで、一番多く向き合う種類の問題です。
その最初の壁になろうというのが、AQ先生のねらいです。そして、粘り強く自分自身と向き合い続け、諦めない意志を育てることを目指しています。
部外者の私から見れば、「そこまで追い込まなくとも……」と何度も思うほど、子どもたちに考えさせます。でも、授業が終わったあとの子どもたちの顔には、「考えてよかった!」という達成感が浮かんでいました。そんな授業です。

まず授業は、「なぜ働くのか」を考えることから始まりました。
でも、この問題も小学6年生には、難しいと思いませんか。自分では働いたことがないだけでなく、未来のことです。手掛かりになるのは、お父さんやお母さんなどの様子から推測する情報だけです。多くの子どもたちの頭の上には「???」が浮かんだ状態です。
この「???」の意味するところは、「どうすればよいのか?」「正解は何?」「先生が望んでいることは?」などです。その場で立ちすくんでいる状態です。社会に出ても本当によく起きる状況です。そこを脱出する手だてをAQ先生は、身に付けさせていきます。

まず、AQ先生は、「わからなければどうしたらいい?」と尋ねます。「インターネットで調べる」「人に聞く」「本を読む」などの意見が出ました。子どもたちは、情報を集める方法については、よく理解していました。既に教室にPCだけでなく、「仕事の内容」「仕事に就く方法」「企業アンケート」の書籍が用意されています。さらに、先生は、「このあと社会人を呼んであるから……」と伝えます。そして、「質問する機会をつくります」と宣言します。驚く子どもたちに……「これからその質問づくりをしましょう」と提案します。

「なぜ働くのか」と考えても、答えは浮かんでこない。そのヒントを実際に働いている人からつかもうというのです。当たり前といえば、当たり前。でも、その社会人を用意する努力はなかなかできません。さらに、ここからの「質問づくり」でAQ先生ならではのこだわりが見えてきます。

用意されたPCや書籍も参考にしながら、質問づくりが始まりました。友達同士で相談するのもOKです。自分一人で考えても答えが出なければ、ほかから情報を仕入れ、頭を動かすきっかけをつくったのです。ただ、どの情報が発想を促す鍵になるかわかりません。なかなか見つからず、諦めるケースも多いでしょう。
私が、よい先生の条件と思うことは、子どもたち一人ひとりが授業という活動に参加する機会をつくる状況を整えているかどうかです。できる子はよいのですが、できない子をどうフォローするか。そうしながら、全体の底上げを図れる先生がよい先生だと思います。

ちなみに、AQ先生の口癖のひとつは「わからないんじゃない?」。これを言われたら素直に「わからない」と言ってよいルールになっています。そして、「わからない」場合は、どこから「わからなくなった」のかを確かめ、そこまで戻って授業をやり直します。この時、先生は、わかっている子たちに助けを求めます。その過程で、わかる子はわかり、わかっていた子は、説明することでより深い理解に到達します。AQ先生は、総合的な学習の時間だけでなく、教科でも同じように、自分の教え方が悪かったらその場で直していきます。

さて、質問を書き始めた様子を見て、ある程度の質問数までいった子がでたところで、先生は動きました。その質問に先生が代役で答えましょうと言うのです。ちなみに、皆さんは、次の質問のやりとりを見てどう思いますか? また、あなただったら、このあと、子どもたちにどんな指導をしますか? 以下は、ほぼそのままのやりとりです。

児童 「なぜ、働くのですか?」
先生 「生活のためかな」
児童 「どうやって入りたい会社を選んだのですか?」
先生 「大学の先生にすすめられました」
児童 「小学校のころの夢と同じですか?」
先生 「違います」
児童 「いい仕事とはなんですか?」
先生 「やっぱり、給料がたくさんもらえる仕事」
児童 「上司に話す時に気を付けていることは?」
先生 「反感を買わないようにしています」
児童 「友達はできますか?」
先生 「表面上の友達は、できるかもしれません」
児童 「ありがとうございました」

このあと、先生は、ほかの子どもたちに「今のやりとりを聞いてどう思いましたか?」とたずねます。子どもたちからは……
「質問を聞いたあとの間がちょっと長い」
「すぐ次の質問に行っていた」
「問い直しをもっとすればいいと思いました」
などの意見が出され、徐々に、表面的な質問では「自分がなぜ働くのか」を考えるヒントや答えに行きつかないのではということに気付きました。

そんな時、出てきたのが……
児童 「相手の答えを予測していないのが、よくないのでは?」
という意見です。AQ先生は、この答えに食いつきます。
先生 「相手の答えを予測するにはどうするの?」
児童 「………」
先生 「みんなも友達と話す時に予測することない?」
児童 「謝る時とか、私だったら……」
先生 「なるほど。あるな……」
児童 「相手の立場で考えておく」
先生 「それをやってみよう」

再び、質問づくりが再開されました。そして、先生を代役にした質問を重ね、自分が相手の立場だったらどうするかを練り上げていきます。

ちなみに、社会人への質問で、私も子どもたちも印象に残ったのは、次のやりとりだと思います。
児童 「仕事を選ぶ時、お金以外に必要なものは何ですか?」
社会人 「自分の好きなこと。多くの時間を会社で過ごすので、好きでないと長続きしない」
児童 「仕事がうまく行かず、辞めたいなと思った時は、どうするのですか?」
社会人 「できないことは悔しいので、どうしたらできるようになるのかを考える。まず、自分の考えをまとめてからほかの人に聞く」
 
この時、子どもたちは、「なぜ働くのか」の答えの手がかりは、自分の中にあると感じたと思います。しかも、ほかの意見も聞きながら変えてもよい。ただし、自分の見つけた答えも大切にしながら……。
このあと、子どもたちは、自分たちの夢……プロ野球の選手、歴史家、釣り師、教師、保育士……などに、なぜなりたいのかを改めて探るため、自分自身と向き合いました。先生は、話を聞き、矛盾点があれば質問し、例を挙げたり、別の視点を出したりしながら、考えを深める手助けに徹します。

その成果は、未来予想図を書き上げた笑顔が物語っていると思います。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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