第24回 あなたはどうして勉強しなければならないのか
「どうして勉強をしなければいけないの?」子どものこうした問いかけに、親はどのように答えればよいのでしょう?私は以下のように答えています。
第一に、かけがえのない自分の人生を自分の判断で生き抜くため。
あなたは、父の精子と母の卵子との結びつきの中で誕生した。3億個もの精子が子宮の中を泳ぎ、その中のたった1個が卵子の中に入り込むと卵子は表面を硬くして他の精子を受け入れなくなる。あなたはなんと3億分の1の確率で誕生したまれな存在なのだ。もしも隣を泳いでいた精子が先に卵子に入り込めば、今のあなたは存在していなかった。そのように、他に替えられない「かけがえのない存在」であるあなたは、自分の人生を自分の判断で、より良く生き抜かなければならない。
あなたが人生の中で「何か」を決断するとき、例えば右に進むべきか左に進むべきかを決めるときに、有名な人が出てきて「右に進むべきだ」と言ったとしたら「有名な人が言ったのだから」と思って従うだろうか?従った結果、がけから落ちてしまうかもしれない。自分の人生に対して、その人は決して責任をもってくれない。狭い範囲の知識で判断すれば「右」となることが、もっと広い範囲の知識があれば「左」と決断することができたかもしれないのだ。最後はあなたが、そのときもっている知識と経験から自分自身で判断し、その決断の責任を取らなくてはならない。
そのためには、判断の基準となる「考えるための知識と方法論」をもっていることが必要だ。義務教育の期間は、そのための最低限の知識を学ぶ期間だ。そして、あなたは自分の人生を決定していくための「豊かな知識と幅広い教養や体験」を一生を通じて獲得していく。真偽を見極め、本物を見抜き、より良い自分の人生を、自ら決めていく力をつけるために、基礎的な知識と技能を修得する勉強をしてほしい。
第二に、自分の判断のもとになる、資料を探るスキルを身につけるため。
幅広い知識を獲得するといっても人間の脳には限りがある。日々新しい発見や事柄が発生しているし変化も大きい。だから目前の課題解決のために必要な未知の事実を探るツールやスキルを身につけていかなければならない。パソコンを使って検索する技術をはじめ、調べたいことを探る道筋や、事柄を体系的に管理する社会のしくみも知らなければいけない。それらを効率よく学習できる機関はなんといっても学校だろう。体系的なしくみを知り技術を身につけるとともに、学校の教科学習を通して、物事をどのように分析し整理して獲得していくのか、という方法論を学ぶことが大切である。さまざまな問題を解決する多様な方法を知っていれば力になる。例えば算数の解き方を説明するプロセスを身につけることは、答えの出し方だけでなく、問題解決の探り方や相手が納得できる説明のしかたなどの習得を通して人とかかわる力、つまり人生を生き抜くためのスキルを学ぶことになるだろう。
第三に、人の役に立つ人間になるため。
「かけがえのない存在」として誕生したあなたは、両親をはじめ、さまざまな人々の見えざる手と愛情をかけられてここまで大きくなってきた。今朝食べたごはんだって、あなたの知らない人が精魂込めて作った食材に、親が手を加えて作ってくれたものだ。社会の中で人間は、決して自分一人で生きているわけではない。人々の無限のつながりの中で、人の役に立つ働きのつながりの中で、自分は生かされていることを自覚しよう。そしてあなたは、他の人が代わってすることのできない何かを、他の人のためにすることができることを自覚しよう。そのように生まれてきたのだ。それでは、あなたは将来何ができるのか?それは今はわからない。これからの人生でそれを発見して、人の役に立つ何かをするべきだ。あなたは、自分自身をより良く生かして、自分以外の人のために、自分の力を使う。さまざまな人と交わって、人々から感動を得る。そういう人生経験をして幸せをたくさん味わってほしい。人の役に立つ人間になるために勉強を生涯続けるべきだ。
第四に、試験に合格し資格を得るため。
「あなたの将来のためだから勉強しなさい」。親の返答としていちばん多いのがこれだ。資格試験を通らなければ、医師にも弁護士にも教師にもなれない。試験に合格しなければ上級の学校に進学できない。会社に入ってからも資格試験に受からなければ昇進も望めない。そういうことが現実としてある。試験に合格することで与えられる資格をもって仕事をしたいと思うならば、今からその基礎づくりをして頭の働きを良くするために勉強していかなければならない。
第五に、国家・社会の構成員として、より良い一員となるため。
さらにもっと広く考えよう。あなたは、意識する・意識しないにかかわらず日本国民の一人だ。日本国民は、日本国憲法の下、あらゆる法律によって守られている。日本は民主主義国家であり、国のしくみを国民の一人ひとりが支えている。だから、あなたにはより良い国家社会の構成員になるように勉強してもらいたいと思う。地球市民の一人として自覚を持ち、諸外国と共に平和的に歩んでいく信頼される日本国をつくっていくためにも、日本と世界のさまざまな事柄を勉強して知ってほしいと願う。
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1999年に最初の公立中高一貫校が誕生してはや10年が経過しました。従来の学力試験は行わないと定められた結果、多くの公立中高一貫校は適性検査を実施して入学選抜を行っています。私は昨年(2009年9月)全国96校を網羅した『公立中高一貫校のすべて』(共著)を著しました。その中で適性検査問題を5段階に分類し、その特徴を明らかにしています。
同じ分類レベルであっても、適性検査は実に多様性に富んだ個性あるものになっています。それは各学校の伝統や特色、入学後育成したい生徒像の違いが検査問題に反映されるからです。しかしいずれの学校も、志を高くもち勉学に励み、幅広い興味・関心と道徳心を涵養(かんよう)して、社会に役立つ人材を育成しようとする点は同じです。今回、コラムの最終回に当たって、「どうして勉強するのか」という問いを真剣に考えることもまた、教科学習同様、いやそれ以上に、公立中高一貫校受検に必要なことではないかと考え私見を述べました。親と子が協同して公立中高一貫校合格に向けて努力・精進し、栄冠に浴されますよう祈念しております。