第2志望校への冷たい視線[中学受験]

ある学校の校長が、2月2日入試合格者の保護者に、「学校にお望みのことがあれば」と声をかけたところ、「第2志望なので特にない」とにべもなかったそうだ。
また、別の学校の入試担当者は、2月3日入試合格者の保護者に対応していたところ、何となく冷ややかな素振りを感じたそうだ。
すると案の定、入学手続率がかつてなく悪く、予想を割り込んだという。

子どもの偏差値が親の顔に書いてあるわけではないが、このように親があたかも子どもの出来、不出来に引きずられたかのような態度や表情をしてしまうところが如何ともしがたい。
今は子どもが1人か2人という家庭が多いので、兄弟間の差をそう感じないで済む場合が大半だと思うが、3人以上の子どもがいるケースでは、筆者の見るところ兄弟間でかなりの学力差のあるところがある。

たとえば、上2人は地元の進学塾のクラスで、偏差値で言えば40、50台の中下位で、一番下の子は大手進学塾でトップクラスであったりする。
上2人の子で肩身の狭い思いをしていた母親も、一番下の子の塾の学年父母会などではとても楽しい気分でいられるのである。
ただ、そのようにさまざまな子どもの立場を経験すると、その楽しさもその不憫さもよくわかるから、冒頭の事例のようにあからさまな「ウチの子はこんな学校なんかに用はないわ」という不遜な態度はとらないものである。
そもそも少しは世の中の経験があれば、人物をペーパー試験の偏差値で見下したり、その延長上で学校への評価をしたりはしないものだ。
人間一人ひとりの度量と言うべきものは、学力とは関係のないことは言うまでもない。人生も中年に差しかかった大人であれば、それくらいのことは百も承知のはずである。
 
しかし、それが我が子のこととなると親というのは弱い。
こうした実情だから、二番手、三番手校に入ると決まった時点では、親のほうが、不本意入学の意識が強いのもやむを得ないことかもしれない。
そのため、第2志望だった学校のさまざまなメッセージに対して心の耳が開かない。
親がシンパシーを感じないと、子どもは本能的に学校の文化になじみにくくなるか、親の基準と学校の基準というダブルスタンダートを強いられてストレス下に置かれる。こうした事態を避けるのが懸命な判断というべきだろう。

プロフィール


森上展安

森上教育研究所(昭和63年(1988年)に設立した民間の教育研究所)代表。中学受験の保護者向けに著名講師による講演会「わが子が伸びる親の『技』研究会」をほぼ毎週主催。

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