「最初学歴」としての幼児教育とは?
新学習指導要領により、幼稚園・保育所と小学校の学びはどうつながるのでしょうか。また、ぜひご家庭で知っておいてほしい新学習指導要領の考え方について、新学習指導要領作成の中核的メンバーであり、著書『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社)において、子どもが生まれながらにもっている学びのメカニズムを紐解き、教育関係者から話題を呼んだ奈須正裕先生にうかがいます。
「最終学歴からの逆算」ではなく、幼児期の学びを基盤に世界を広げる
近年、幼児期の教育を指して「最初学歴」と呼ぶことがあります。これは、幼児期に学び育った環境の質が、その後の学びの基盤となるため、非常に重要だという意味で使われます。
「良い最終学歴」を得ることに重点を置くと、「良い大学」に行かせるために「良い高校」「良い中学」「良い小学校」へ……といった逆算の発想になってしまい、幼児期にも小学校で学ぶ知識・技能を前倒しで学ばせるべき、という考えに陥りがちです。
しかし、子どもは「上から」条件を与えられて育つのではなく、「下から」「根っこから」育つのが本来の姿だと思います。子どもは遊びや暮らしの中で「もっとこうしたい」と思ったことをかなえるため、様々なことを考え、工夫し、友達と助け合います。遊びや暮らしを通して主体的に学び取った思考力や判断力は、手になじんだ道具のように「使える」ものになり、小学校以降の教科学習の盤石な基礎となります。新学習指導要領が目指すのは、まさにそのような「資質・能力」の育成です。
ですから、今後は「小学校で困らないよう、幼稚園で読み書きや計算の訓練を行う」ようなことは必要なく、むしろ幼児期に一人ひとりが育ててきた資質・能力をしっかり受け止めて授業につなげる、小学校側の取り組みに期待が寄せられています。
小学校の学習の安易な「前倒し」は逆効果
ここからは、家庭での幼児期の学びについてお話しします。
幼児期において、子どもが文字や数、量や形などに興味を抱くような環境づくりはとても大切です。たとえば絵本読みを通して、耳から聴いた言葉が文字と対応していることに気づき、自分で読めるようになるのが嬉しい、というのは自然な流れです。ただし、何にどの程度興味をもつかには個人差があります。
他の子と比べて言葉や文字に対する興味が薄い、数が数えられない……といったことに不安を感じるのは、保護者として当然かもしれません。しかし「就学前には身につけておくべきだから」と、文字や数を暗記させるのは、新しい学力観に照らせばかえって不利になると思います。教え込むことで、自ら発見し思考する可能性をつぶしてしまうおそれがあるのです。また、その子の中で、文字や数字が「嫌なもの」になってしまったり、早い時期から「自分は勉強が苦手だ」「勉強ができない自分はダメな子なんだ」というマイナスの意識を植え付けてしまう危険性もあります。
「世界は私の味方」という安心感が学びの原点
2~3歳の頃、幼児期の学びの出発点において最も大切なのは、「世界は私の味方」という、世界に対する絶対的な信頼感です。
このような感覚は、保護者のかたがお子さまの存在そのものを、何の条件も注文をつけずに丸ごと受け止めてあげることで育っていきます。「お父さん、お母さんは丸ごとの自分を好きでいてくれる」「自分は守られている」と感じていれば、子どもは安心して外の世界へ出かけ、冒険や挑戦をすることができます。また、外の世界に不安がなければ、意識は内面にも向かい「今、自分はどう感じているか」「自分はどうしたいのか」がよくわかるようになります。
つまり、保護者に100%受容されることで世界への信頼感が生まれ、自我はその信頼感を足がかりに育つということです。自分の意思がはっきりしてくると、同時に人の気持ちも思いやれるようになります。幼児期におけるこのような状態が、その後の「資質・能力」の基盤となります。
逆に良くないのは「条件つきの受容」です。たとえば「『いい子でいれば』お母さんに受け入れてもらえる」は、「『お母さんがいいと思うこと』をしていない私には価値がない」とほぼ同義です。このように感じていると、子どもは自分なりの考え方ができず、他人の評価ばかりを気にするようになってしまいがちです。
まずは子どもを丸ごと信頼し、自立した個人として扱うことが、資質・能力を育てる教育の第一歩かもしれません。