発見するから納得できる授業[こんな先生に教えてほしい]

毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。「NHKデジタル教材」という番組とWebを組み合わせた教材作りや、全国のとびきりの授業を伝える番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

今回は、東京都の小学校で、j先生が3年生に行った「小数」の導入の授業を紹介します。j先生のモットーは、「発見するから納得できる」。今回は、無限に広がる数の世界で、その不思議を子どもと味わい、探検することを目指します。

先生は、単元ごとに架空の舞台を新しく設定し、その世界の謎にみんなで挑む形で授業を進めます。この「小数」では、「ハカリー・ポッター賢者の石~小数のひみつ~」というタイトルでした。
まず、授業では、ハカリー・ポッターたちから届いたイラスト付きのメッセージが配られます。そこには、子どもたちに助けを求める内容が書かれています。

やあ、3年2組のみんな! ぼくは、ハカリー・ポッター。
こんど、≪ハグワーン魔法学校≫に入学することになったんだ。
新しい勉強に、不安がいっぱい。
みんな、ちえをかしてくれるとうれしいな。
今日は、この石が出した変身薬の量を正確に量って数であらわしてほしい。量を間違えると変なものに変身してしまうんだ。

変身薬の量を正確に量る? そう子どもたちが思ったところで、白い煙が流れ出る変身薬が登場します。子どもたちは、もうやる気満々です。
ここで、j先生は、魔法界の数の単位は、≪ルトリ≫であることを伝え、丁度1ルトリを量れるマスを出します。マスに注ぐと、2ルトリと半分くらい。この「半分くらい」という半端な数が、重要なポイントになります。この半端をどう測るか? これが「小数」の入口となります。

子どもたちは、意見を出し合います。意見が出せるのは、子どもたちが既にヒントになる学習をしているからです。「長さ」の学習です。やがて、液体を細かく分けて量り、しかも、10で分けるという考えに行き着きます。
そこで、先生は、1ルトリを10等分するマスを準備していたことを明かすのです。
しかし、変身薬の量にも工夫が加えられていました。10等分のマスで量ってみても、まだ、半端が出るのです。j先生は、用意していた10等分をさらに10等分するマスを出します。すると、また半端が……。j先生もどんどん手作りの10等分マスを出していきます。
やっと半端がなくなり、量ることができた時、子どもたちは、10という数の意味と便利さを実感します。量った結果は、2ルトリ、その10等分の3、その10等分の1、その10等分の4でした。

ここまでの子どもたちの感想です。
  • 「宇宙の果てまで続くのではないかと思った」
  • 「小数は、一つのものを10こにわけて正確に表す数字だと思う」
  • 「小数は、どんどん小さなコップになっていく」
これらの言葉からは、10等分が続いていく、「小数」の仕組みを考えて、見つけた自信や無限に続いていく小数の世界にビックリした気持ちが読み取れます。

ただ、まだ、腑に落ちていない子がいることもわかります。達人と呼ばれる先生とそうでない先生の違いは、腑に落ちていない子を見つける見極めの力、そして、どんなことをしてもクラス全員を引き上げるという執念だと思います。
「『小数』のつまずきの多くは、数字をただ文字として捉えるために起こる」とj先生は考えています。そこで、j先生は、実際に測るという作業を組み入れました。つまり、実際に自分で測り、10分の1が続くというイメージを体で感じる機会を作るのです。
目盛りを隠した1メートルの物差しを配り、その長さは魔法界の1ルトメであると伝えて、授業が始まります。さらに、授業が進むと、1ルトメの10分の1、そのまた10分の1の物差しを配っていきます。この実際の体験で、クラス全員、小さくしていけば半端がなくなることを実感しました。このような体験活動は、わからない子には、「小数」の概念を確かなものにするのに役立ち、既にわかっている子には、理解深化を促します。

いよいよ授業は、クライマックスです。
j先生は、変身薬の量の「書き表し方を考えるように」という指示を出しました。条件は、ハカリー・ポッターの依頼どおり、使いやすくて、スッキリとした書き表し方です。これまで、小数点の表記方法は教えていません。表記方法を考えることで、小数点の役割や意味を本当に理解したかどうかがわかります。

子どもたちの発想は、非常に豊かでユニークです。
2.3.1.4ルトリ
2÷3÷1÷4ルトリ……理由:10こずつ分けるから÷のマークをつけた。
(2)(3)(1)(4)ルトリ
2・314ルトリ
2ルトリと3/10と1/10と4/10
2ルトリ.314
2、314ルトリ
4/1/3/2ルトリ
いろいろな考えが出ました。
j先生は、話し合いの前に、必ずそれぞれの意見の人数を調べます。これには理由があって、それぞれの考えの賛同者の数を知り、自分と同じ考えの子が何人いるかをつかんでおくと、自分の意見を客観的に見られるようになるからです。これで、話し合いは、ぐんと深まりやすくなります。
ポイントは、どこに境目をつけるかでした。
主だった意見は、次のとおりでした。
2.314…28人
2ル・三つ分・一つ分・四つ分…3人
2/34…8人 でした。

最後に、j先生の最後の隠し球です。手作りの紙芝居。題名は、「小数はどうしてできた。誰が発明した。」

ステヴィン      2(0)3(1)1(2)4(3) (1585年)
ビュルギ       2/324    (1592年)
エドワード・ライト  2.324    (1618年)

「自分たちと同じ考えをした人たちがいた!」と子どもたちは大喜びです。
算数は、いろいろな人の工夫や発明の積み重ねでできている。そして、これからも変わっていくかもしれない。子どもたちが実感したことです。

このあと、j先生は、「身の回りで使われている小数点をなるべくたくさん見つけてくること」という宿題を出しました。
ハカリー・ポッターの世界は、これから、実際の暮らしと結びつきます。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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