勉強のために睡眠や遊び時間を削っていませんか?保護者が知っておきたい「遊び」の重要性と、脳を発達させる遊びのこと

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子どもたちの未来を守るため、日本の「やりすぎ教育」の環境改善に取り組む臨床心理士・武田信子先生へのインタビュー。
前編では、日本の競争主義的な教育環境の中で、気づかぬうちに保護者が行ってしまう教育虐待について伺いました。後編のテーマは、子どもにとって大切な遊びについて。実は遊びこそ、脳を発達させるうえで必要なことなのだと、武田先生はおっしゃいます。

この記事のポイント

教育熱心な姿勢や思いを大事にしながら、子どもを守る

前回は、教育熱心な親がいつの間にか陥ってしまう教育虐待の現状についてお話をしました。教育虐待とは、親が教育を名目にして、子どもが傷つきに耐えられる限界を超えるまで、勉強やスポーツ、音楽、習い事などを強制することです。よかれと思ってそれらをすることが、かえって子どもの体や心や脳に悪いことになってしまう状態です。
教育熱心がどれほどいい親の姿勢であったとしても、教育虐待という行為は控えなければならないこと、自分が望んでもいないのに、日本の競争主義的な教育環境に巻き込まれてしまっていないかを少し立ち止まって考える時間を取ってほしい、とお伝えしました。今回は、教育虐待と同様、保護者に考えていただきたい「子どもたちの遊び」についてのお話です。

子どもには遊ぶ権利、休む権利がある

世界各国で採択されている「子どもの権利条約」の第31条では、①休む権利、②遊ぶ権利、そして③文化や芸術に参画する権利が保障されています。「締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊びおよびレ・クリエーション(再創造)の活動を行い並びに文化的な生活および芸術に自由に参加する権利を認める」とされています。
つまり、子どもにはまず休憩、そのうえで遊ぶ、という権利が保障されているのです。脳は、必ず休憩を必要としています。吸収したものに対して、いったん休ませる時期、休憩や睡眠が必要なのです。保護者が、宿題や受験勉強のために、遊ぶ時間や睡眠時間を削るのは、子どもの権利を奪っていると言えます。

子ども時代の遊びが、生きるための体と心と脳を発達させる

今の日本では、目先の成績や受験のために、遊びの優先順位が下げられていて、これは、子どもの今を大切にしていないと言えます。子ども時代が、子どもが生涯を生きていくための体と心と脳の発達を保障する時期で、そのために遊ぶことが不可欠であるということを理解していない方が多いようです。大人は遊びと学びを分けて考えがちですが、実は遊ぶことが子どもの脳を発達させているのです。

脳を発達させる遊びとは

子どもたちに「自由に遊んでいいよ」と言っても、そもそも遊ぶ体験も他の人が遊んでいるところを見る体験も少ないので、何をしたらいいかわからないかもしれません。ここで、遊ぶというのは、テレビゲームをただこなしていくように、人の決めたルールの中で遊ばされることではなくて、同じゲームをやるにしても、自分で自由に試行錯誤したり、他の人と一緒に工夫したりしながら時間を過ごすということです。
日本プレイワーク協会では、遊びを「やりたいからはじまるすべてのこと」と定義しています。遊び心をもって、やりたいと思うことを能動的にするものは、例えば、勉強も実験も料理も、遊びになりえるのです。あるいは、最初のきっかけはやらされることかもしれないけれど、自分で工夫しているうちに楽しくなってくれば、それも遊びといえます。
遊ぶ活動の中で、体や心や脳が変化していくプロセスが人にとって新鮮で刺激的で快と感じられ、快を感じながら人は成長していくわけです。わくわくしていることや、どうしたらいいかなと考えているプロセスもあれば、うまくいかなくて悩んだり悔しがったりすることもある。そして、「いいこと思いついた!」とどんどん動いていったり、その状態を味わったりします。
子どもたちがそういう状態を十分に味わえるように、大人は配慮する必要があります。それが子どもを発達させるのですから。

子どもの遊ぶ権利を侵害しないために気をつけたいこと

①自由な遊びが脳や体や心を作っているということを理解して、自分なりに納得する

自由な遊びというのは、あらかじめ誰かによってプログラムされた遊びではなく、可変性のあるもので工夫して遊ぶ遊びのこと。ゲームも、デジタルですでにプログラミングされたものより、アナログで、自分たちで考えながらルールを変えていけるボードゲームのようなものの方が脳は動く。自分だけでなく、周囲の家族や親戚などの理解も得た状態で子どもを安全に遊ばせる。

②自分自身の生活を整えておく

自分自身がゆったりしていないと、人が遊んでいることにイライラするので、八つ当たりが起きないように、自分の生活を整えておく。

③子どもの声を聴く

子どもの欲求に応える。ただし、子どもには情報や知識が少ないため、発達を阻害するような欲求や、親を含む他者の生活を侵害するような行為を望む場合には、適切な情報を与えて、何ができ、何ができないかを一緒に検討して合意を作る。

④子どもが遊べる環境を作る

例えば以下のようなことが出来ます。

1汚れても気にしなくていい工夫をする

・家に帰ってきたときに、泥だらけの子どもを家に入れるのは抵抗があるとしたら、手足が洗える水場を用意する。風呂場に直行させる。玄関で着替えられる工夫をする。
・安くて洗濯機で気楽に洗えて、乾きやすく、着替えが楽な服や靴を選ぶ。汚れても破れても叱らないですむ服をセカンドハンドやおさがりで手に入れる。

2大人が管理しなくていい状態を作る

・リスク(あらかじめ予測できず、しかも子どもの発達を促すような危険)はあるけれど、ハザード(起きることがあらかじめ予測でき、もし起きたらそれが子どもを深く傷つける可能性が高い危険)のない場所で遊ばせる。
・年齢が低い場合は、誰か自分以外のしっかりした大人が近くで様子を見守ることができるような場所で遊ばせる(例えば、畑、街中のある程度人通りのある道や公園)。
・自分の子どもは気になって冷や冷やして邪魔をしてしまうので、自分の子をずっと見ているのをあえて止めてむしろ目を離し、他の親子とお互いに相手の子どもの面倒を見る、複数の大人で複数の子どもを見るというような工夫をする。
・自分の視点を広げるため、よく遊んでいる他の子どもの様子を見て参考にする。

3子ども自身の足でアクセスしやすくする

・外遊びできる場に行きやすい工夫をする。
・子どもが自由遊びできる地域に暮らすか、地域に働きかけてそういう場を作る。

4遊べる条件、身近で遊べる環境を整える

・精神的(安心、友達、危険がない)、物理的(距離、仕掛け、広さ、空間、自然)に遊べる条件を整える。
・近い年齢の子どもにも異年齢の子どもや大人にも出会い、共に過ごせる機会を作る。
・問題が起きたときに責任を糾弾する関係にならない、日頃の関係性を作っておく。
・おもちゃやおかしや遊園地など、営利主義、受動的に楽しませるようなものやその広告が目に入るようにしない。あるいは、そういうものの活用は特別な時と限定する。
・大人自身が自発的にコミュニティづくりを楽しむ。その中の人とのつながり、協働で、子どもの遊べる地域、みんなで育てる地域を作っていく。

5遊べる体を作る

・ゆっくり眠らせる。
・きちんと食べさせる。

6一日の生活リズムを作る

・遊ぶ時間、ぼんやりする時間が十分にとれているかどうか確認し、遊ぶ時間をスケジュールの中から外さない。

すべての項目をクリアするのは難しいかもしれませんが、気をつけるポイントとして心に留めておくといいと思います。また、わがままな子どもの言うなりになるということではなく、大人の都合と子どもの都合をすり合わせて、合意点を見つけながら進めていくことが大切です。

悩んでいる親たちに対し、視野と示唆を与える1冊に

小学生の頃から、日本の教育の問題が、子どもたちの心にダイレクトに影響を及ぼしていることに危惧を抱いてきました。教育心理学や臨床心理学を学んで、さらにその問題の大きさに愕然としてきましたが、ソーシャルワークを学ぶ中で、あるいは世界各国の子育てや教育に触れる中で、私たちが価値観を変えていくことで、子どもの未来を変えることができると確信しています。『社会で子どもを育てる』(平凡社新書)が、子育て支援の方向性に強い影響を与えたように、本書が教育と子どもをめぐる状況に対して、プラスの影響を与える本になることを願っていますし、具体的に悩んでいる親や教師に対して、視野と示唆を与えることができればと思っています。

 『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』武田信子著(ポプラ社刊)

子どもは、存在そのものが社会の宝

子どもはあなたの作品ではなく、その存在そのものが社会の宝です。誰かが評価するのではなく、その子自身が自分の人生を生き生きと生きていくことができればそれでいいのです。同様に、あなた自身も社会の宝として生まれてきたのだから、あなたの人生を生き抜いてほしい。それを見ている子どもは、あなたのように生きていこうと思うでしょう。
子どもの人生の終点は就職ではなくて、100歳にあります。あなたのいなくなった後にもいろいろなことがおきます。そのときにケセラセラと生きていく心や体や脳を育ててあげましょう。学力は人間のさまざまな力のごく一部で、役には立つけれどすべてではありません。子どもの今の点数のために他のことを犠牲にしてしまっていませんか。今、この瞬間の積み重ねが人生なのだから、今、この瞬間をよい時間にして、それを積み重ねていきましょう。

まとめ & 実践 TIPS

人生100歳までとしたら、親もまだ人生を積み重ねている途中。「学力は役には立つけれどすべてではない」「子ども自身が自分の人生を生き生きと生きていくことができればそれでいい」など、武田先生の言葉に肩の荷が下りるかたも多いのではないでしょうか。教育熱心はほどほどに、子どもと一緒に遊んで学んでいきたいところです。

取材・文/井上加織

プロフィール

武田信子

武田信子(たけだ・のぶこ)

一般社団法人ジェイス代表理事。臨床心理士。元武蔵大学人文学部教授。臨床心理学、教師教育学を専門とし、長年、子どもの養育環境の改善に取り組む。東京大学大学院教育学研究科満期退学。トロント大学、アムステルダム自由大学大学院で客員教授、東京大学等で非常勤講師を歴任。著書に『社会で子どもを育てる』(平凡社新書)、編著に『教育相談』(学文社)、共編著に『子ども家庭福祉の世界』(有斐閣アルマ)、『教員のためのリフレクション・ワークブック』(学文社)、監訳に『ダイレクトソーシャルワーク・ハンドブック』(明石書店)など。

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