突き抜けた才能のある子の芽を摘まずに育てるには?
将来のエジソンやアインシュタインを育てよう——。昨年、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が立ち上げた「異才発掘プロジェクト・ROCKET(ロケット)」。突出した能力をもちながら、学校教育になじめず不登校傾向にある小・中学生を選抜し、世界をリードする人材に育てようというプロジェクトです。今回、このプロジェクトのディレクターである、東京大学先端科学技術研究センター・中邑賢龍教授に、突き抜けた子どもの才能の芽を潰さず育てる取り組み、秘訣などを取材しました。
※2015年6月現在 (取材・文/長谷川美子)
生意気な子を育てたい
「ROCKET」の第1期生として選ばれた15名はどんな子どもたちですか?
突出して文章を書くことに興味があるとか、絵が抜きんでて上手であるとか、あるいはボーリングのピンセッター(ピンをセットする機械)をずっと組み立てているとか、水の流れを長時間見ていても飽きないとか、それぞれ、ある分野に突出した興味とやる気をもっている子たちです。
彼らは決してオールマイティではなく、学校教育にもなじめない子が多いのですが、私たちはそんな彼らの突出した部分をキープしていくと、斬新な発想のできるユニークな大人に育っていくだろうと思っています。
私たちは彼らを単なる「わがままな子」ではなくて、「生意気な子」になってほしいのです。私たちの定義だと、「わがままな子」は、言いたいことだけ言って責任を取らない子。「生意気な子」は、言いたいことを言うけれど、何があっても自分で責任を取ろうとする子のことです。
異才というのは、20年30年後に彼らが何かを成し遂げたから異才と呼ばれるのであって、エジソンも子どものときは、変わっている子と言われていたのかもしれません。
各界のトップランナーによる特別授業から、人の心を動かすプレゼン力まで
「ROCKET」ではどんな学習をしているのですか?
1つ目は、私たちが「アクティビティ」と呼んでいる活動を通した教科学習。2つ目は各分野の「トップランナーによる特別授業」。そして3つ目は、チームに分かれた「プロジェクトラーニング」です。
ひとつ目の「アクティビティ」では、たとえば料理をつくりながら、その材料の生産地を知ることで地理の学習、凍った材料を早く溶かす方法を考えることで化学の学習、といった学び方をします。
2つ目の「トップランナーによる特別授業」は、やはり「異才」と呼ばれるスペシャリストたちのユニークな講義。これまで、世界的なロボットクリエイター・高橋智隆さんや、元陸上競技選手の為末大さん、といった一流の方々に授業をしてもらいました。
3つ目の「プロジェクトラーニング」のプロジェクトのテーマは「鹿」、「お茶」、「椅子」の3種類。例えばプロジェクト「鹿」のメンバーは、北海道の原野に行き、鹿のツノを手に入れて、自分のナイフとフォークを工作します。鹿のツノを取るためには、1週間ほど滞在し、馬を調教して山に入れるようにならなくてはいけません。
またこのようなプロジェクト活動を通して、チームでの物事の進め方や、人との交渉力やプレゼン力も同時に学んでいきます。本当に自分のやりたいことをするには、論理を超えて人の心を動かさなくてはなりません。彼らが、将来協力者を得られるような教育も、ここでやっていこうと思っています。
プロジェクト「椅子」の目的は、デンマークのアンティークの傷んだ椅子をみんなで修復するというもの。好奇心を駆り立てられた子どもたちから、ユニークな意見や質問が次々と飛んできて、授業は常ににぎやかだった。
自分の子どもの変わった才能を伸ばすには?
自分の子が突出して変わっているとき、どう育てたらよいでしょうか?
この「異才発掘プロジェクト・ROCKET」の説明会に来られるような親御さんでさえも、我が子を「突き抜けてユニークな大人に育てたい」と思っている人は1~2割。あとの8~9割は、やはり常識的でオールマイティな大人に育ってほしいと思っているようです。
でももし本当に自分の子どもがユニークな何かをもって生まれているなら、無理にオールマイティに育てようとはせずに、そのかたよったユニークさを一緒に楽しんでいく方が、親も子も幸せなのではないかと思います。突き抜けた子ども自身が、「自分はこれでいいんだ」と安心できるように、自信をもてるように、育てることが必要だと思うんです。突き抜けた子どもは、学校教育の中で評価されにくいため、ユニークさを理解する支援者が必要です。
もちろん、我が子が変わっていることを親が心配するのはしかたのないことかもしれません。オールマイティに何でもできて、協調性のある人を多くの学校や会社が採用したがりますから…。
オレンジにもさまざま生産地や種類、値段があることを学ぶ、実際にキッチンでジュースをつくる。オレンジの「甘酸っぱさ」の甘さを糖度計で、酸っぱさをpH(酸性度)で測定。人間の味覚という曖昧なものを数値で捉える。
イノベーションはオールマイティな人には起こしにくい。「生意気」な人だからこそ起こせる
今、日本の大企業では、イノベーションが強く求められています。けれどもオールマイティで明るくて協調性のある人たちからは、イノベーションは生まれにくいと思いませんか? 協調性のある人たちは、みんな同じ方向を見ています。会議で変わったことを言い出しません。けれど、変わった人たち、「生意気」と言われる人たちにはそれができるでしょう。
「ROCKET」の子どもたちも、空気なんて気にしません。この間、元陸上競技選手の為末大さんと走る授業があったのですが、あの為末さんに向かって「あんた走るの、なかなか速いね」とか平気で言っていました(笑)。
こういう人たちが、社会の組織の中に一定数いて、オールマイティな人たちと一緒に、にこにこ笑って生きられる社会になってきたとき、何だか世の中、おもしろい、新しいことが起こり始めたね、ってなるとぼくらは考えています。
子どもたちの教育の場について
ぼくらは今の日本の公教育を否定しているのではありません。むしろいいもの、素晴らしいものだと思っています。平均的な8割の子どもたちを、一斉にあれだけのレベルまで持っていける教師たちの力は本当にすごいですし、それはこのままキープされなくてはなりません。
ただ、能力の右端10%の子と左端10%の子も、その8割の子たちと一緒に抱え込んで、同じ教室で学習していくことには、無理があるのではないでしょうか。
私たちは子どもたちの教育の場を、もっと分けてもいいのではないかと思います。突き抜けてできる子は、興味分野の授業を大学で受けて伸ばせたり、飛び級できたりする。そんな学びの多様性が認められる社会の実現を、「ROCKET」はめざしています。