「給付型奨学金」への長い道のり 当面は「所得連動型」の充実で

経済的な懸念をせずに大学などで学べるようにするため、返還の必要のない「給付型奨学金」という制度が先進諸国のほとんどにあります。しかし、日本にはいまだに給付型の奨学金制度はありません。馳浩文部科学相は、給付型奨学金の創設に前向きな姿勢を示していましたが、文部科学省が2017(平成29)年度から開始する方向で検討を進めている「より柔軟な所得連動返還型奨学金」を優先させる考えです。給付型奨学金の創設への道のりは、まだ遠いようです。

その一方で、文科省が検討しているのが「より柔軟な所得連動返還型奨学金」です。 奨学金は原則として、大学を卒業したらすぐに毎月、定額を返還しなければなりません。しかし、非正規雇用の増加など就労構造の変化による収入の伸び悩みなどのため、返還延滞者が増加したことから、文科省は2012(平成24)年度から、返還者の一部に、年収300万円を超えるまで返還を猶予する「所得連動返還型無利子奨学金」を導入しました。新制度は、さらにこれを弾力化して、奨学金返還者の年収により返還額を増減しようというものです。
検討案では、課税対象所得の9%を年間の返還額とする方式、課税対象所得の上昇に応じて返還率を9~11%に上げていく方式の2案が示されています。いずれの場合も、現行の定額返還に比べて、年収の低いうちは返還額が月数千円程度に抑えられ、逆に、年収が増えれば返還額は定額返還額より多くなっていきます。

ただ、実際に内訳のような人数しか増えないというわけでもありません。定数はあくまで国が負担額をはじき出すための数値であって、3分の2を負担する都道府県教育委員会に、1クラスの児童生徒数を引き下げたり、加配を更にプラスしたりするなど、一定の裁量が認められています(総額裁量制)。たとえば小学校英語や小中一貫教育に国以上の力を入れたいと考えれば、独自に小学校の専科教員を更に手厚くすればよいわけです。

  • ※所得連動返還型奨学金制度有識者会議
  • http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/069/index.htm
                   

新方式では、返還期間がかなり長期化することも予想されます。イギリスでは大学卒業後30年で奨学金は返還終了とみなすことにしていますが、未返還分は国の負担となり税金で賄うことになるため、同様の制度を導入するかどうかは議論が分かれています。文科省は2016(平成28)年夏までに報告をまとめ、17(同29)年度大学進学者などから新制度を実施する予定です。

このような安倍首相や文科省の現在の政策からは、奨学金などを困窮者対策や経済格差解消策として捉えていることがうかがえます。しかし、経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本の高等教育における家庭などの私費負担率は66%で、加盟国平均の30%を大きく上回っており、日本の高等教育が家庭などの私費負担で成り立っていることを示しています。

大学などによる人材育成を、国の役割と位置付けるか、それとも「私事」として、あくまで私費負担で賄っていくのか。給付型奨学金の是非などをめぐる論議の背景には、このような考え方の違いがあると言えるでしょう。大学など高等教育の教育費負担をどうすべきか、国民全体を挙げた議論が、今こそ求められているのかもしれません。

(筆者:斎藤剛史)

プロフィール


斎藤剛史

1958年茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に入社、教育行政取材班チーフ、「週刊教育資料」編集部長などを経て、1998年よりフリー。現在、「内外教育」(時事通信社)、「月刊高校教育」(学事出版)など教育雑誌を中心に取材・執筆活動中。

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