「いのち」の授業[こんな先生に教えてほしい]

毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。「NHKデジタル教材」という番組とWebを組み合わせた教材作りや、全国のとびきりの授業を伝える番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

今回は、栃木県の小学校で1年生を教えるh先生の授業について書いてみようと思います。生活科と道徳の授業を組み合わせて行った「いのち」の授業です。
キーワードは、「あったかい」です。

授業は、黒板に「いきているよ」というテーマを書くことから始まりました。
そして、h先生は、「先生は生きていますか?」と聞きます。
子どもたちからは、「生きている!」という声が響きます。
そこで、すかさず先生は、「どんな感じだと生きていると思う?」と問いかけるのです。
「心臓があるから生きている」「脳みそがあるから生きている」「胃袋があるから生きている」「動物も生きているから……」など、子どもたちからはさまざまな意見が飛び出します。
先生は、一人ずつ「すごいね。そんなこと知っているんだ」「そうだね。生きているって感じするね」など、子どもたちの意見をしっかりと受け止めていきます。
子どもたちの声をもらさず受け止める。
これは、授業が上手いと思う先生に共通する要素の一つです。
授業の達人と呼ばれる先生が「もし、耳がだめになったら教えられない」と言っていたのを思い出します。子どもたち全員の声を授業に活かすよう心掛けているかどうかは、私が取材する先生を選ぶポイントの一つです。

さて、次に先生は、心臓の音が聞こえる機械を取り出します。
音をとおして、生きていること感じさせるのです。
まず、先生自身から確かめてみます。次は、みんなが可愛がっているウサギのナナちゃんです。その速い鼓動にみんなビックリです。そして、ぬいぐるみのコンちゃんです。ウサギと同じように子どもたちにとっては同じ可愛い存在です。しかも、フワフワして温かい。けれども、当然音は聞こえません。
心臓の音は、生きている証だということを実感したうえで、子どもたちは自分自身の心音に耳を澄まします。
先生は、音が聞こえたところで、「自分たちの体を触ってごらん」と促しました。
「あったかい」「熱い」「腕はちょっと冷たい」と一人ひとり違ったつぶやきが起こりました。
先生は、さらに、「ゆっくりと友達同士で握手してごらん」と言います。
「あったかい!」
子どもたちは、みんなが生きていることを実感しました。

子どもたちの変化に合わせて、スモールステップで少しずつ少しずつ感じさせていくことは、自分自身の変化に気付き、次への展開に進む興味や意欲を生み出します。
「いのち」と言ってもわからない。だから、目や耳をしっかり使い、五感をフル活動させ、しかも、何度も何度も繰り返すのです。このように抽象的なものを理解させる時は、輪郭をつかませ、中身を浮かび上がらせる方法がすごく大事だと思います。

この日の授業の終わりに出した宿題は、h先生らしいものでした。
「お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんなど家族の人と握手し、おんぶやだっこ、さらに抱きしめてもらう」というものです。
宿題ですから、おおっぴらにおんぶやだっこがしてもらえます。
「何キロになった?」「保育園より大きくなったな」「肩車もしようか?」といった声が家中に響きます。子どもたちも家族も笑顔でいっぱいです。

次の日子どもたちは早速、「おんぶしてもらって、背中があったかかった」「楽しかった」と先生に宿題の成果を報告します。
そこで、h先生は、「どんな気持ちかを書いてみようか!」と促しました。書くことで、その時の気持ちをもう一度見直すためです。

「いのち」のあることで、うれしい気持ち、ほっとする気持ち、安心する気持ちが生まれる。それが、子どもたちの中で確かなものになっていくことが表情から読み取れました。

この授業の最後に、h先生は、子どもたちと「死」についても考えます。
もし、人を傷つけると「死」に至ることがある。そして、死んだら生きかえらないことなど、再びスモールステップで感じさせていきます。

「悲しい出来事にあって、手首を切ろうかと悩んだ時、他の人を傷つけようとする時、この授業を思い出してほしい」とh先生は思っています。

こうした授業は、学校だからこそできる貴重なものだと思います。
多くの学校で行われることを期待したいです。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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