「上手な断り方」を身に付けさせる特別授業[こんな先生に教えてほしい]

たくさんの授業を見て、その授業への想いを多くの先生方から聞きました。「NHKデジタル教材」という番組とWebを組み合わせた教材作りや、全国のとびきりの授業を伝える番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。


「上手な断り方」を身に付けさせる特別授業[こんな先生に教えてほしい]


今回紹介するのは、「上手な断り方」を身に付けさせる授業です。
新潟県の小学校のY先生は、卒業を前にした小学6年生たちに、人を傷つけずに自分の意志をハッキリ伝える術を身に付けさせる特別授業をしています。

相手を嫌な気分にさせずに、自分の意見を納得してもらうには、どうしたらよいのでしょうか?

大人でも知っておくと役に立つ。そんな「断る」ためのスキルを学ぶ授業です。
この授業は、Y先生が中学校へと巣立つ子どもたちがさまざまな誘惑に出会った時のトレーニングをあらかじめ積んでおいたほうがよいと考えて企画しました。
授業は、4日間、5時間をかけて行われました。

○秘密の友達

Y先生は、まず「断り方」について触れず、自分を知ることから始めます。
「秘密の友達」と呼ぶ5人をくじ引きで決め、その友達の良いところを探すのです。「秘密の友達」には、自分が「秘密の友達」であることはしゃべってはいけません。3日間だまって見続けます。

改めて人を見つめ直すと
  • いざとなったら真剣になる人。
  • 親切でやさしい。
  • おもしろくて、責任感がある。
など、さまざまな良い面が見えてきます。

そして、全員が背中に紙を貼り、教室内を歩きます。「秘密の友達」は、誰が書き込んだかわからないよう、その人の良い面を書き入れます。

この作業には、二つの意味があります。
ひとつは、自分自身に自信を持てるようになること。相手と対等の関係を保つためには自己肯定ができることが欠かせません。そして、もうひとつは、相手を意識することです。この人はどんな人なのか? 相手を知り、理解して話すことは、上手に断るための第一歩です。

○相手の立場になって考える練習

次に、先生は、友達や仲間と過ごすうえで、必ずトラブルやプレッシャーがあることは、当たり前であることを確かめます。そして、子どもたちも日頃思っている、上手な解決法があることを伝えます。
「知りたい!」 
ここで、子どもたちの顔がはっきりと変わりました。
すかさず、Y先生は、例を挙げます。
タケシ君は、友達のショウタ君にゲームソフトを貸しました。1カ月後、タケシ君は、返してほしいとショウタ君に伝えることになりました。
伝え方には、三つパターンがあります。
(1)「ショウタさ、いつになったらソフト返すんだよ。いい加減にしろよ」
(2)「あのー、そのー。この前貸したソフトなんだけど、返してほしいんだよね」
(3)「借りていったソフトなんだけど、あれ、もう1カ月になるよね。あれさー、オレと弟とで金出し合って買ったものなんだ。明日必ず持ってきてほしいんだ。頼むよ」

それぞれ、言われたショウタがどんな気持ちになるのかを考え、文章にします。相手の立場になって考える練習です。
(1)のパターンで言われた時、どんな気持ちになったか。
  • 「悪気があったんじゃないのにな……」
  • 「そんな風に言わなくても……」
  • 「返したくなくなる」
(2)のパターンで言われた時、どんな気持ちになったか。
  • 「何が言いたいの? はっきりしてくれ」
  • 「もう少し借りてても大丈夫かな……」
(3)のパターンで言われた時、どんな気持ちになったか。
  • 「わかった。明日ちゃんと持ってこなくちゃな」
  • 「明日持ってこよう」
Y先生は、この三つのパターンを次のように名付けました。(1)ケンカタイプ(2)弱気タイプ(3)ハッキリタイプ。
子どもたちは、言い方次第で、受け止め方がちがうこと、そして(3)のハッキリタイプが最も効果的であることに気付きます。

ここまで準備したうえで、最後のステップは、「もし、たばこをすすめられたらどうしますか?」ということを考えます。
場面は、テストができなかった小学6年生のケンジ君が、たばこを買うところです。
ケンジ:みんなで吸おうぜ
コウジ:ケンジ吸ったことあるのか?
ケンジ:一度だけな。吸うと気分がスカッとするぜ。
サトル。一本とれよ!
ここで、サトル君はどう言えばよいのでしょう? 相手は親友ともいうべき友達です。

文章にしながら自分の考えをまとめますが、「断らなきゃいけない。しかもハッキリタイプで」ということまではわかっていますが、なかなか言葉になりません。そこで、Y先生は、仲間の考えを参考にするため、グループ学習を取り入れました。
Y先生は言います。「大切なのは、クラス全員が、きちっと解決できるようになること」だと……。
書き上げたものは、友達同士や先生を相手役に、実際に声に出して何度も繰り返します。考えていることを声に出すためには、練習が欠かせません。
いざという時に自然と体が反応するためには、この練習をしておくことが大事なのです。ここは重要なポイントだと思います。

「やった分だけ勉強になる」「やった分だけ身に付く」「やった分だけよいことがある」Y先生の特別授業。コミュニケーション能力の不足を指摘される今の子どもたちにはとても重要なことだと思います。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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