「学校に行きたくない」と子どもが言ったときに親に出来ること、とは?「不登校新聞」石井志昂編集長が出した答え【不登校との付き合い方(31)】

不登校は決して特別なことではなく、いつわが子に起こってもおかしくありません。「『学校に行きたくない』と子どもが言ったとき、親ができること」は何でしょうか。この思いがそのままタイトルになっているのが、「不登校新聞」編集長の石井志昂さんの新刊です。石井さんに著書を通じて読者である保護者の方に伝えたかったことを伺いました。

この記事のポイント

もっと親はがんばらなくて大丈夫、と伝えたい

「『学校に行きたくない』と子どもが言ったとき、親ができること」(ポプラ社)に書いた話は、私が考えたことではなく、保護者や子どもから話を聞いてわかってきたことばかりです。子どもも親も「こうしてほしかった」、「こうしてもらってうれしかった」といったエピソードから思ったことを書いています。

第1章「子どもがのびのびと育つためにできること」、第2章「子どものSOSをキャッチするためにできること」、第3章「子どもが学校にいかないときにできること」、第4章「子どもの将来のためにできること」という4つの章で構成していますが、最初の「のびのびと育つために」というテーマは、講演会で保護者の方からよく質問されることでもあります。

「のびのびと」ということを考えている一方で、保護者はつい、子どもに良かれと思うあまり、「のびのびと」とは逆のことを言っている場合があります。たとえば、学校に行きたくない子どもを励まそうとして、「もう1日だけがんばって学校へ行ってみようよ」と言ってしまう。学校へ戻そうとすることが、子どもを決定的に追い詰めてしまうといったことはほんとうによくあります。

子どもは子どもで、親のことが大好きだから、期待をかけられるのはうれしいこと。でも、期待は大きくなりすぎると双方で苦しくなってしまいます。

期待するがゆえに怒ってしまう、その表情を見ることが子どもは苦しいのだということ、こうした親子の気持ちの行き違いがあるんだ、とわかるだけでも、保護者の表情は変わってくるでしょうし、そうすると子どもは気が楽になるでしょう。のびのび育てる一歩として、「もしかして子どもに期待しすぎ?」と、考えてもらえたらいいかもしれません。

これまで不登校新聞で子どもたちを取材してきて意外だったのは、「子どもは大人と雑談したがっている」ということでした。子どもがいきいきするのは、興味があること、好きなことを話すときです。子どもは親と、自分が好きなことについての雑談がしたいのです。

ただ、大人の側としては、自分は大して興味のない趣味の話を延々と聞く余裕がない、という場合もあるでしょう。そんなときは聞くふりだけで、真剣に聞いていなくても大丈夫です。子どもは話すことで、自分の気持ちを整理しているからです。気持ちを整理するために、親との雑談から始めたいのかもしれません。

のびのび育つとは、自分のペースで育つということ

今の子どもたちは、塾や勉強、習い事でほんとに忙しそうで、週に1回しか友だちと遊べない小2の子もいるし、深夜0時からしか、ゆっくりする時間がとれないという中高生も多いです。どの子も一生懸命なんだけど、もう少し「自分のペース」で育っていいはずじゃないでしょうか。

大人よりも子どもの方が、毎週テストがあったりと成果主義で縛られていることが多くて、「やらなきゃならない」と追い詰められて切羽詰まっている様子をよく見ます。「○○しなくちゃいけないんだ」という言い方をする子がとても多いのです。

人にもよると思いますが、大人の方が3年先の話なんてわからないと思いながら生きている人が多いような気がします。子どもは、常に3~4年先の進路について考えさせられて、すぐ目の前で起こった自分のミスを見ては落ち込むという繰り返し。そして、子どもは小さいことを引きずったり、「これをやったら怒られるかも」とびくびくしていたりします。

その根底にあるのは、「大好きな親の期待に応えたい、裏切りたくない」という意識。親子が仲良しであるほど、子どもとしてはプレッシャーが強くなる部分があるわけです。一方で、親も子どものためにここまではしてあげなくては、と必死です。たとえば、「勉強遅れてるよ」といわれたときに、自分のことなら「まあ、こんなもんなんですよ」って受け流せるかもしれないけど、「おたくのお子さん、勉強が遅れてますよ」といわれると、親としては、「それはどうにかしなきゃ!」と思うもの。それが親心ではあるのですが。

でも、そこは親子であっても、人と人との付き合い方としてゆるやかでいいはず。もう少し、親の方も肩の力を抜いて、子どものほうも楽にしていていいんです。もっと親はがんばらなくて大丈夫です。親子にとって幸せかどうかを基準にして、親子で育っていければいいんだろうなという思いです。

「子どもをほうっておいてあげる」は、「子どもを信頼する」こと

私の話は取材がベースでいわば実地調査なので、違う視点を置きたいと、本書では2人の専門家と対談しました。教育・保育額が専門の東京大学名誉教授・汐見稔幸さんと、N高校を設立した門川ドワンゴ学園理事の川上量生さんです。

汐見さんは、親の役割というのは、子どもを信頼してほうっておく、見守るのが大事だとおっしゃっています。

汐見 子どもにいろいろな体験をさせてやる。それを親も一緒にワイワイガヤガヤとおもしろがる。それをいっぱいやりながら、そこで子どもが考えたり、感じたりしていることが、その子の財産になっていく。そういうふうに思って、こうしろ、ああしろと言わず、どこかで子どもを信頼し続ける。(121ページより)

不登校になって親子でもめているようなとき、「学校にはいつになったら行くの」と言われているうちは、子どもは元気になれません。子ども自身が「面白い」と思ったことを応援するのが、大事なことなのです。

一方、川上さんからは、N高校のコンセプトは「未来の学校」であるという話を聞きました。「かなりほったらかしにしている学校です」というのが川上さんの言。通信で自分のペースで学び、授業もあるけれど単位取得には関係がなく、講師はラノベの作家、政治評論家、システムエンジニアと、面白い話を聞ける授業です。そこに自然に子どもたちが集まって、ワークショップやディスカッションが行われていく形です。「授業の参加も教材も勝手にどうぞ」をやらせてあげることが個別最適化につながっていると言います。「勝手にさせる」ということは、子どもを信頼して任せられなければ、実現しないことです。

汐見さんと川上さんのお話は、「子どもを信頼する」というキーワードでつながっていました。全然違う角度から子どもを見ている人たちなのに、同じところにたどり着くんだ!というのは驚きでした。それと同時に、子どもの好きにさせることは、大事なことだとあらためて感じています。

休むということの価値

この本のタイトルは、「明日学校に行きたくない」と言われたらどうするかという問いになっていますが、その答えは「休ませてあげてほしい」ということです。根拠となるのは、146ページの「『ふつう』のおじさんおばさんになる」という話です。

学校を休むこと、不登校によって人生を棒に振るようなことにはなりません。かといって、驚くほど活躍して個性豊かな人生が始まるということでもありません。その人がもとから持っている個性に、最終的にはたどり着くということが、「『ふつう』のおじさんおばさんになる」ということ。あせらなくても大丈夫だから、学校に今行きたくないと子どもが言えば、休ませて安全なところにいさせてあげて、そこからエネルギーを充電させてあげたらいいのです。

まとめ & 実践 TIPS

「『学校に行きたくない』と子どもが言ったとき、親ができること」には、不登校やいじめの現状についてと同時に、言葉にできない子どものSOSを察知する方法や、子どもを追い詰めてしまうNGワードについてなど、具体的な対処法が事例豊富に書かれています。不登校になる手前の、「学校に行きたくないな」と考えているような子どもたちの保護者にも、参考になる話がたくさん詰まっています。

『「学校に行きたくない」とこどもが言ったとき親ができること』石井志昂著/ポプラ社

「不登校新聞」で20年以上にわたって取材をしてきた石井志昂さんの新著が8月12日に発売されました。ご自身の不登校の経験、取材を通じて出会った様々な大人たちの言葉、講演会での保護者の方との交流などから、多角的な視点で「不登校」を見つめます。不登校で苦しい思いをする親子にとって、たくさんのヒントが詰まった1冊です。

プロフィール

石井志昂

石井志昂

『不登校新聞』編集長。1982年生まれ。中学校受験を機に学校生活があわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」に入会。17歳から不登校新聞社の子ども若者編集部として活動。不登校新聞のスタッフとして創刊号からかかわり、2006年に編集長に就任。現在までに不登校や引きこもりの当事者、親、識者など、400名以上の取材を行っている。

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