ビデオレターの作成を通じて「言いたいこと」を考える英語の授業
毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。小学生から高校生、そして、先生や保護者のかたに役立つ教育番組を制作するためです。その中で、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。
今回紹介するのは、熊本県のA先生が小学6年生に行った英語のビデオレター作りに取り組む授業です。
送る相手は、この小学校が交流している中国の小学生です。子どもたちは、習ってきた英語を精いっぱい使って、「伝える」ということを考えていきます。言葉を換えると、「本当に伝えたいことは何か」「わかりやすくするには、どうすればいいのか」を考え、身に付けていく授業です。
この小学校では、4年生以上は、週に1時間の割合で英語の授業が行われてきました。主な内容は、歌やゲームを通じて、生活に身近な単語や表現を学ぶというものです。A先生は、そんな子どもたちが学んできた英語を使う機会をつくろうと考えたのです。先生が、授業で大事にしようとしたことは2つ。
(1)まず日本語で考え、言葉を選ぶ体験をすること
(2)英語を使わざるを得ない状況をつくること
授業はまず、交流している中国の小学校にクラスの写真を送ったところ、「ビデオレターが送られてきた」と報告するところから始まります。そのビデオでは、中国の小学生たちが、英語を使って教室やクラスなどを見せながら、学校の様子を紹介していました。
ここで重要なのは、中国の子どもたちも同じように英語を習い始めたばかりという点です。つまり、先生は、英語を母国語としない者同士を組ませることによって、お互いに励まし合い、英語の力を高め合えればと考えたのです。
このような外国と交流を行う場合、双方にメリットがある相手先を選定できるかどうかが効果を生む鍵となります。語学力アップを目指すなら、日本語を学んでいる英語圏の相手を選ぶと効果的です。今回は、語学力アップより、伝え合う楽しさに主眼をおき、英語はそのツールとA先生は割り切ったようです。
中国からメッセージを受け取とると、当然、子どもたちは、返事を送ろうとなり、しかも、「ビデオレター作ろう!」となります。
ここで先生は、条件を出しました。
・4人1組になってグループごとに作ること。
・それぞれのテーマはかぶらないようにすること。
・全員が登場すること。
・1分以内で伝えること。
・何かを見せること。
この条件には、子どもたち一人ひとりに学習の機会をつくるとともに、責任感を持たせる配慮が込められています。
ただ、テーマが、なかなか決まりません。当然です。相手に何を伝えるのかを決めようにも、相手が中国の小学生ということくらいしか、知らないからです。十分悩んだのを見計らって、先生は、テーマ案の例を出しました。
・学級でする遊び
・教室・勉強紹介(音楽など)
・教室・勉強紹介(体育など)
・給食・そうじ紹介
・熊本・日本紹介
・熊本の食べ物(お菓子など)
・ひらがな・カタカナ
・和製漢字(峠、畑、働など)
・中国の物語(西遊記など)
・書道
・中国から来たお菓子
・干支(えと)
この例を見て、子どもたちの一部が気付きました。このテーマは、いずれも中国の小学生も自分たちも「好きな話題」だということです。言葉を換えれば、日本と中国を無理なく比べられる内容だということです。「鋭い!」と思ったのを思い出します。
グループごとにテーマを決めたあと、先生は、ビデオレターの内容を考えるやり方を説明します。このように子どもたちが初めて挑戦することには、「考え方のモデル」を提示できるかどうかが、いい先生の条件のひとつだと思います。ちなみに、「考え方のモデル」を意識して授業に組み込んでいる先生は、けっこう貴重な存在だと思います。
今回のビデオレター作りの「考え方のモデル」として、先生が提示したのは、付箋(ふせん)紙に絵コンテを描き、画用紙の台紙に貼っていくというものです。
絵コンテのセリフは、英語ではなく、日本語で書くこと。できたら先生に見せること。これから何をするかをわかったかどうかを確かめ、作業がスタートしました。
<給食グループ>
子どもA:何を伝えようか?
子どもB:中国の子たちが興味あることか……
子どもA:何が興味あるのかわかんないよな……
子どもC:私たちが興味があるのは、メニューだよね
子どもD:じゃあ日本で出る中華料理とかは?
子どもA:なるほど。じゃあ、給食に出る中華料理の人気ナンバーワンとか
全員:いいね!
この会話からは、相手も興味のあることを探そうとする姿勢が感じられます。
このような相手を意識する機会を持つことが、コミュニケーション能力の育成には、
欠かせないと思います。
<書道グループ>
このグループでは、漢字とひらがなを使ったクイズを考えました。初めの1枚目の絵コンテに、子どもたちが書いたセリフです。
子どもE:日本の授業でも書道をやっています。3年生から書道をしています。私たちは、書道が大好きです。
子どもF:今からちょっとしたゲームをします。今からひらがなで言葉を書くので、当ててください。
これを見た先生からは、言いたいことをいっぺんに言わずに順番を考えるようにアドバイスが出されました。そこで、子どもたちは、一番初めに何を言うのかを考え、ひらがなの存在を伝えることにしました。そして、こんなセリフづくりをしていました。
子どもG:「日本は、漢字を省略した平仮名という名前のものがあります」
子どもH:それなら「日本は、漢字を省略した平仮名という文字があります」でいいのでは?
子どもI:「文字」はなくてもわかるのでは? 「日本は、漢字を省略した平仮名というものがあります」
子どもJ:……省略って向こうの人はわかるの?
全員:……
どんな言葉ならわかってもらえるのか、言葉を考えに考えて選ぶという経験を初めてしたようでした。
セリフができあがったところで、先生は、「できるかぎり、自分たちが今まで習った英語を使って表してみましょう」と伝えます。当然……できません。
十分困ったところで、先生は助け舟を出します。今まで習った表現を書いた10枚のカードを黒板に貼り出します。
・I like tennis. 私はテニスが好きです。
・What is this? これは何ですか?
・Let’s try. やってみましょう。
・Do you have a pen? ペンを持っていますか?
・What would you like to eat? 何を食べたいですか?
・This is our teacher. こちらが私たちの先生です。
・He is good at baseball. 彼は野球が得意です。
・What subject do you like? 何の教科が好きですか?
・What do you call this in English? これを英語で何と言いますか?
・Let me show you Japanese food. 日本の食べ物をお見せしましょう。
・She is kind. 彼女は親切です。
これを見て、「干支」という漢字を示して、「日本語で何と読む?」というセリフを考えていた干支グループは、「What do you call this in English? 」が使えることに気付きました。つまり、応用して「What do you call this in Japanese? 」とすればよいと。子どもたちは、自分たちが習った表現を応用することができることを実感したのです。
このあと、A先生は、サポートして、ネイティブスピーカーを呼びます。事前にお願いしていたのは、「子どもたちに自信を持たせてほしい」「本物の英語をしっかり聞き、声に出させてほしい」ということです。子どもたちは、ネイティブスピーカーにセリフづくりを手伝ってもらい、何度も声に出して練習し、発音を直してもらって、ビデオレターの収録に臨みました。
A先生に、「理想の授業」について聞くと、3つ条件を挙げてくれました。
・考えることによって子どもに力が付く授業
・達成感・満足感がある授業
・子どもたちが熱中する授業
私が見たA先生の授業は、まさにそのとおりでした。
(筆者:桑山裕明)