2015/09/01
第78回「子どもの未来を考える」⑤地域発の視点で21世紀型能力を考える~教員アンケート結果と高知市・土佐山学舎の取り組みを通して~<後編>
ベネッセ教育総合研究所 研究員
久保木 有希子
久保木 有希子
はじめに
地域における21世紀型能力の育成をテーマにした、「子どもの未来を考える」シリーズ第5回。前編では、私たち大人が、未来を生きる子どもたちの学びを皆で考え、協力していくことの必要性と、その際の観点として「地域で生きる、地域を活かす人材の育成」を提案しました。今回(後編)は、高知県高知市・土佐山地区の事例を基に、引き続き地域における21世紀型能力の育成について考えます。
過疎に悩む集落に生まれた最先端の小中一貫校
高知県に土佐山という地区があります。高知市内中心部から車でわずか30分程度の距離にありながら、豊かな自然に恵まれた静かで美しい山里です。2005年に高知市と合併するまでは独立した村であり、現在の人口は約1,000人、地域に住む児童生徒数は約50人で、いまも過疎化が進んでいます。ここに今年(2015年)4月、全国でも最先端の設備と教育カリキュラムをもつ小中一貫校「土佐山学舎」が開校しました。
4キロ離れていた小中学校を統合し校舎を新築。ふんだんに用いられた木の香りが心地よく、開放感にあふれる。
校舎の窓からは緑豊かな景色が見える。高知市が進める移住政策により新築された賃貸住宅も学区域内に点在する。
土佐山学舎の特色は多岐におよびます。例えば以下のような点です。
- 「4-3-2制」の小中一貫教育
- 学校運営協議会(コミュニティ・スクール)
- 特認校制度を活用した校区外からの児童生徒募集
- 小規模校を活かした1クラス最大20名制
- 教科担任制
- 異学年交流
- 小学1年生からの英語教育、民間英会話スクールとのコラボレーション
- すべての普通教室に電子黒板を設置するなどICTの活用
これらの一部を導入している学校は多数ありますが、すべてを取り入れ教育計画上に位置付けている公立学校はそうありません。土佐山学舎では、多岐にわたる特色を打ち出すことで既存校との差別化を意図的に図っています。その理由は、地域という身近な素材を活かした21世紀型能力の育成モデルや、学校から地域を活性化するという中山間地域の教育モデルを、可能な限りの資源やツールを活用して社会に発信しようとしているからです。
既存のふるさと学習にとどまらず「夢」と「志」を育む
こうした意気込みを象徴するのが、独自科目「土佐山学」です。1・2年生は生活科、3年生~9年(中学3年)生は「総合的な学習の時間」を使い、地域への理解を深めるだけでなく、学んだことを表現するコミュニケーション力の育成や、自分のキャリア形成に活かすことまでを目指します(図4)。温かく居心地が良いがゆえに小さくまとまってしまいがちな子どもたちの世界を広げ、「夢」や「志」を大きく持って羽ばたいてほしいという願いが込められています。
【図4 「土佐山学」の3本柱と学年区分ごとの目標】
※土佐山小中一貫教育検討委員会「土佐山の小中一貫教育」より
たとえば、地域の豊かな森林資源を活かした炭焼き学習。単なる炭焼き体験にとどまることなく、なぜ地域にとって炭焼きが必要なのか、どのようなコツがいるのか、販売の工夫はどうするのか、といった点まで考え、発表させます。学校運営協議会(コミュニティ・スクール)の会長が所属する地元の「炭焼きクラブ」など地域の人々の理解と協力があり、さらにプログラムによっては現地で起業家育成などを進めるNPO法人「土佐山アカデミー」の人脈や知見も加わります。
校舎の1F中央スペースにある土佐山学のコーナー。学習内容や季節に応じてさまざまな内容が掲示される
土佐山に自生する特産物「梅」や、県の絶滅危惧種にも指定されている「タキユリ」の調べ学習。全校児童・生徒が学年に応じて参加する「とさやま体験ツアー」の一つ。プログラムによっては、地域のNPO法人「土佐山アカデミー」が窓口となって海外の情報や環境問題の議論、ものづくりの出前授業、新たなフィールドワークにも繋げる(写真は5年生の掲示物)。
地元の人に協力してもらいながら収穫した梅を使ったジュース作りの発表。梅やゆずなど、土佐山の特産品の加工・販売を通して、自然がもたらす豊かな恵みに感謝する心を育てるねらい。地元の団体「土佐山夢づくりの会」や食生活改善推進員、保護者らの協力で行う(実施学年は1~6年生。写真は3年生の掲示物)。
もともと土佐山の地には、学校教育の枠を超えて自分たちで学ぼう、教え合おうという『社学一体』の風土があります。旧土佐山村の村民が自ら創った村民憲章には、『私たちは、教え教わる学習の村をめざします』とうたっているほどです。土佐山学は、こうした土佐山固有の風土を活かし、地域社会全体で人を育て、そこで生まれた知識やアイデアが次の世代に受け継いでいく基盤の役割を目指しています。
土佐山学舎の立ち上げから関わっている高知市教育委員会教育政策課の和田広信教育企画監は次のように話します。
「バブル経済期の『ふるさと創生事業』では、他の自治体が箱物やオブジェに1億円を投入するなか、旧土佐山村は交付金を若者の海外派遣事業などの人づくりに充てたと聞いています。土佐山学舎も、豊かな自然環境の下、教育意識の高い地域住民の方々と協働して小規模ならではの小中一貫教育を実践したいと考えています」
高知市教育委員会教育政策課 和田広信教育企画監
地元の住民も「ここでは人と人との繋がりが不可欠ですし、繋がりを支えていく地域のリーダーも必要。学校と地域を繋ぐ人、組織と組織を繋ぐ人など、人づくりを基本とすることが大事だと思います。そのために、互いが学び教え合うことの大切さや素晴らしさを、子どもたちや学校の先生に学んでほしいと思います」と期待しています。
同校の特徴でもある9年間の英語教育や、全普通教室に配備された可動式プロジェクタ型の電子黒板をはじめとするICT設備の充実も、こうした学びの成果を表現し、土佐山の外に発信するための「ツール」である、という考えが徹底しています。
同校の竹崎優子校長は、「本校には素晴らしい設備と地域の素材が整っています。これを活用して、自分の言葉で、自分のことや土佐山の素晴らしさを自信をもって世界に発信してほしい。そんな子どもを、9年かけてじっくり育てたい」と語ります。
土佐山学舎 竹崎優子校長
子どもの状態をすべての出発点とゴールに
他校同様、問題となってくるのが評価の指標と方法論です。土佐山学舎では、具体的にどのような力をどの程度身につければよしとするのか。その到達度は何で測り、どう評価するのか。次期学習指導要領におけるポイントの一つでもあります。その難しさを、高知市教育委員会の土居 英一教育次長 は次のように話します。
「土佐山学舎での教育においても、現時点で明快な正解を出せてはいません。指標を定量化できれば成果が見えやすくなりますが、目標値を上げるための短期的な方法論ばかり注目してしまい、その指標の先にある本当に身につけさせたい力がついたかの視点がなおざりになりがちになってしまいます。まだ抽象度は高い指標ですが、まずは土佐山の外に出て本格的に生活する高校生活で困らない力をつけること、次に、社会に出る際に自分の意思で生活できる術や人間性を身につけること、そして、予測できない社会をきちんと生きていける力を身につけること、などを考えています。実際の指導を通して、今後これらの力をより具体的に落とし込んでいきたいと考えています」
高知市教育委員会 土居英一教育次長
土佐山学舎設立のきっかけは、限界集落の危機にある地域の存続にありました。しかし、それは単なる人口減少への歯止めという意味に留まりません。先述した通り、全国に発信できるような、持続可能な中山間地域モデルを創造しようとしています。これを明文化した「土佐山百年構想」(高知市作成)では「起業・創業」「交流・定住」「教育」を3本柱に据えています。なかでも柱の中心にあるのは「教育」。地域の「維持」だけではなく「創造」できる人材を育てるための教育です。
土居教育次長は「地域の人口増加のために教育をするのではありません。我々の使命は、子どもたちが20年、30年先の社会を生きる力をつけること。その結果の一部として、地域が活性化し、人口が増加するという因果関係です。従って、地域の人口増加数やUターン人口の数を土佐山学舎における教育の直接の評価指標に据える必要はないと思います」と言い切ります。
「いずれにせよ大切にしていきたいのは、子どもの状態をすべての出発点とゴールにすることです。たとえば、目指すのは『答えのない問題を考えることを楽しむ子ども』。そんな姿なら、今後20年後、30年後も生きる力がついている気がしますし、いまの土佐山の子どもたちから将来の姿を想像することができます」(土居教育次長)。
多くの地域が今後の人口維持に不安を抱いているなか、すでに過疎化が進行していながらも敢えて30年先の世界を見据えた教育投資へと舵を切った土佐山地区。土佐山学舎の開校から半年程度ですが、土佐山学を核とした教育計画、豊かな自然、地域の力、ICT環境や英語教育、行政の支援など、必要なツールは整いました。近い将来、21世紀型能力の育成モデルが土佐山の地から全国に発信されることを期待したいと思います。
4年生の授業。現在2、3年生と5、6年生が複式学級だ。
もうすぐ下校、でもまだまだ元気いっぱい(1年生)。
いま学校教育ではカリキュラム・マネジメントの重要性が言われています。この言葉が初めて出てきたのは2008年(「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)
」と古くはありませんが、その意味するところ=教育課程の編成、実施、評価、改善は、従前からの学校教育活動そのものと言って過言ではありません。ただ、今後は学校や自治体が、どういう子どもを育てるのかを主体的に設定し、カリキュラムを開発運用する必要性が高まり、その際に地域との協働が不可欠になっていきます。「地域」とは他人事の組織ではなく、すべての大人が必ずどこかに所属している社会単位の一つ。「未来の大人」のために「今の大人」が関われる好機なのではないでしょうか。
「地域」×「教育」という古くて新しいテーマに対して、私たちも微力ながら考え、情報を収集し、共有していけたらと思います。
【土佐山学舎 学校概要】
所在地 | 高知県高知市桑尾13 |
---|---|
開校 | 2015(平成27)年4月 |
児童生徒数 |
98名(2015年4月時点) ※うち36名が特認校制度を活用した校区外からの通学者 |
校長 | 竹崎 優子先生 |
学校教育目標 | ふるさとに誇りをもち、将来をたくましく、豊かに、勇気をもって生き抜く児童生徒の育成 |
著者プロフィール
久保木 有希子
ベネッセ教育総合研究所 情報企画室 研究員
ベネッセ教育総合研究所 情報企画室 研究員
出版社等での勤務を経てベネッセコーポレーション入社。ベネッセ教育総合研究所ウェブサイト編集、教育関係者向け情報誌「VIEW21」副編集長を経て現職。