裁判を模擬体験! さまざまな立場に立って考えることを学ぶ社会の授業

毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。小学生から高校生、そして、先生や保護者のかたに役立つ教育番組を制作するためです。その中で、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

コンビニで起こった事件を題材に

千葉県のA先生が小学4年生に行った社会科の授業を、ご紹介します。模擬裁判を通じて、さまざまな立場になって考えることを学ぶというもので、2009(平成21)年に始まった裁判員制度に対応した授業です。授業は、ある事件をもとに、検察官や被告人などそれぞれの話を聞きながら、事実を見極め、人々の本音や考え方に触れてほしいというのが狙いです。

まず、子どもたちには、模擬裁判で扱われる事件の概要が説明されました。

【事件概要】

あるコンビニエンスストアで万引き事件が起きました。犯人として起訴されたのは、サンドイッチと弁当を万引きしたNさん(男性)。Nさんは、万引きをして店を出たあと、それに気付いて追いかけてきた店員のMさん(女性)に全治2か月のけがを負わせたのです。

店の外で、Mさんは、Nさんに追い付きます。その時、Nさんは、「品物は返すから大声は出さないで」と口を塞ぎ、2人はもみ合いになりました。その拍子に、Mさんは転んで頭を打ち、全治2か月の頭蓋骨(ずがいこつ)骨折という大けがを負ったのです。万引き犯であるNさんは、その場からいったん立ち去りましたが、3時間後に自ら警察署に出頭しました。

次に説明されるのは、事件に関わった人々の証言です。

■N被告人の証言
・失業中。妻を亡くし、4歳の娘がいる
・サンドイッチは4歳の娘のため
・頭がボーっとしていた
・「商品は返す」と店員に言った
・店員の口を塞ぎ、もみ合った
・盗んだり、けがを負わせたりするつもりはなかった

■被害者のMさんの証言
・被告人が「商品を返す」と言ったような気がするが覚えていない

■目撃者の証言
・「頼む」と被告人が言ったように聞こえた

この事件に対して、検察官は、【懲役5年】を求刑しました。一方、弁護人は、4歳の娘のことを考え、【執行猶予】の判決が下るよう求めました。
ちなみに、刑法240条には、「強盗が、人に負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する」とあります。

子どもたちに与えられた選択肢は、次の3つです。
A 軽い:懲役3年(執行猶予5年)
B やや重い:懲役3年(執行猶予なし)
C 重い:懲役5年(求刑どおり)

皆さんだったらどうしますか? 子どもたちのリアクションで一番多かったのは、予想どおりですが、「残された子どもはどうするの?」でした。

ここで先生は、量刑(判決)を決める3つのポイントを示します。

■被告人にとってどうか
■被害者にとってどうか
■世の中にとってどうか

そのうえで、ワークシートを配り、第一印象として、どれを選ぶのか、そして、その理由を書くように指示を出しました。この書くという行為は、自分の意見を整理するのに役立ちます。この時間をきちんと確保し、見回りながら手が止まっている子に適切なアドバイスができるのは、よい先生の条件だと思います。アドバイスで作業が再開できたということは、先生が子どもの状況や資質を把握し、良質の教育技術を持っていることにもなるからです。

第一印象の結果
A 軽い:懲役3年(執行猶予5年) ……19人
B やや重い:懲役3年(執行猶予なし)……16人 
C 重い:懲役5年(求刑どおり)   …… 4人 

それぞれの主な理由は次のとおりです。

A 軽い:懲役3年(執行猶予5年)を選んだ理由

・子どものために
・店員に声をかけられた時すぐ反省した
・商品を返そうとした
・出頭した

B やや重い:懲役3年(執行猶予なし)を選んだ理由

・Aでは、けがをさせたから、軽すぎる。Cだと、子どもがいるから、重すぎる
・3年あると勉強でき、仕事が見つかるかもしれない

C 重い:懲役5年(求刑どおり)を選んだ理由

・万引きをして、けがを負わせたから、たくさん反省をする機会があったほうがよい
・被害者は、けがで仕事ができなくなるうえに、治療費も負担することを考えて重いほうを選んだ
・刑法では、無期か、6年以上の懲役であるが、検察官は、5年にしている
・万引きしようと思ったことが、既に罪深い

子どもたちから、さまざまな意見が出たところで、先生は、被告人・被害者・目撃者の証言をまとめたものを配ります。ここでのポイントは、子どもたちがどのような事実を見つけ出していくのかです。つまり、「かもしれない」という憶測や「こうだろう」という思いこみにとらわれることなく、事実というものが何なのかを考え、混同しがちな事実と推測を区別するのです。

たとえば、加害者と被害者が「もみ合う」と書かれていますが、実際、子どもたちが事実に基づき、再現してみると、口を塞がれた怖さなど、持っていたイメージが違うことがわかります。

ここで、先生は自分の考えがどう変わったかを聞きます。

A 軽い:懲役3年(執行猶予5年) ……1回目:19人 →2回目:10人
B やや重い:懲役3年(執行猶予なし)……1回目:16人 →2回目:19人
C 重い:懲役5年(求刑通り)   …… 1回目:4人 →2回目:10人

全体的に量刑(判決)は、重くなりました。

今度は、いよいよ班ごとに考えます。これまで、考える機会を2回つくり、じっくり練り上げたところで、お互いに意見を交わすのです。このように子どもを「話すことがある状況」にするのは、「学び」を楽しくする第一歩です。よい先生と呼ばれるかたの多くは、この状況づくりがうまい人ともいえます。

私が面白いと思った子どもたちの反応です。

■万引きの定義とは何?など意味を確かめ、班のイメージを同じにしようとする動き
■人間の「魔が差す」ことをどう捉えるか?と質問する子
■子どものことは別に考えたほうがよいのでは?という意見
■被告人のためになるのは?という視点を出す
■被害者の恐怖をどう考えるか?

なかでも、子どもたちの議論の核となったのは、今後にどう役立てていくかです。つまり、
「また同じようなことが起きないように厳しくすべきでは?」
「人間は魔が差すものだし、正直に出頭しているのに、刑は変わらないの?」
という2つの考え方の両立です。

さて、いったい子どもたちは、どのような判決を下すのでしょうか? ちなみに、先生は、あえて答えを出すことをしませんでした。

安心して暮らすにはどうすればいいのか、子どもたちが大人になる過程でずっと考えてほしいと願っているからです。そして、事実を元に、さまざまな立場に立って考えることこそが、よりよい結論を導くための第一歩であり、よりよい結論に行き着くためには、考えを変えてもよいことを実感してほしいとも願っているからです。

(筆者:桑山裕明)

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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