筑波大学大学院 システム情報工学研究科 サイバニクス研究センター(2) 人を思いやる心と、高い志を持ち、あるべき未来を見据えて研究開発する「未来開拓型」の人材が求められている[大学研究室訪問]


日本が転換期を迎えた今、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。訪れたのは、世界初のサイボーグ型ロボット「ロボットスーツHAL®」の開発などに取り組む、筑波大学大学院の山海嘉之教授の研究室。前回に引き続き、これからの社会にどんな人材が求められるかなどを、先生自身の子どもの頃の体験も交えてうかがいました。



■小3の頃、母親が与えてくれた1冊の本と、「目は離さないけれど手は離す」という宣言

おそらく小学3年生くらいだったと思いますが、風邪をひいて寝込んでしまった私に、母親が『われはロボット』という本を買ってきてくれました。アイザック・アシモフのSF小説で、「人間に危害を加えてはならない」「人間の命令に服従しなくてはならない」「その2つに反する恐れのない限り、自分を守らなければならない」という「ロボット工学三原則」にまつわる、さまざまな未来のロボットの物語がつづられていました。私がこういう分野に進むひとつのきっかけとなった本で、この本を夢中になって読み、「僕も大きくなったら人や社会のために役に立つロボットをつくる科学者になろう」という思いを強く抱くようになりました。

同じ頃、こんなこともありました。私は小学校低学年までは、母親から読み・書き・そろばんを厳しく勉強させられました。しかし、4年生の頃には、「これからは目は離さないけれど手は離しますよ」と宣言され、それからは、「勉強しなさい」と言われることも、テストの点数についてうるさく言われることもありませんでした。私は喜んで、部品を買ってきてラジオを組み立てたり、自宅の近くにある岡山城のお堀でカエルを捕まえて、カエルの筋肉に自作した信号発信器を使って電気信号を流し、筋肉収縮活動の基礎実験をしたり、不思議に思ったことを自分のペースで進めていったりしていました。しかし、興味を持ったことに打ち込むためにも、漢字や計算は必要ですから、学校の勉強はしっかりしていました。



■小中学生の学習内容を100%理解し、「学び方」を身に付けることが大切

HALを装着しながらの歩行トレーニングの様子。HAL福祉用は、日本国内の福祉施設などで実用化されている。

科学技術を人や社会のために役に立たせるには、理論を考えるだけでなく、実際に社会で役立つかどうかを確かめ、課題を解決していかなければなりません。先ほどふれたように、現在の日本では、大学も企業も、そうした人材が育つシステムになっていません。自分のことだけを考え、論文をたくさん書けばよしとしている研究者がたくさんいます。だからこそ、人を思いやる心と、高い志を持ち、あるべき未来を見据えて研究開発する「未来開拓型」の人材が貴重ですし、社会もそんな人材を求めていると思います。

科学技術を社会に役立てるためには、専門以外の幅広い知識が求められます。深い知識は必要ありませんが、小中学校の学習内容は100%、多少考慮しても95%、身に付けておくべきでしょう。たとえば高校で習う微分・積分は、社会に出て使わない人がほとんどでしょうが、中学校までに習う算数や数学の知識や技能は必要です。それ以上の専門知識は、必要な時に勉強すればよいでしょう。小中高の学生のうちに「自ら学ぶ力」を身に付けておくべきだと思います。



■志や情熱があれば、具体的な夢はなくてもだいじょうぶ。誰かの夢に共感して前に進んでいけばいい

答えの見つかっていない「なぜ?」を追究するのが研究です。学生たちは高校生の時までは、答えのわかっている問題を、効率よく勉強することには慣れていますが、大学に入ってから、答えが見つからないことにとまどい、気持ちがなえてしまうことが少なくありません。そこで、私は学生に「同じことを2時間以上は考えないように」と伝えています。何か月も壁に当たっているようなら、もう少しハードルの低い課題を与えて、成功体験を味わってもらえるようにしています。

「夢を持ちなさい」--大人はよく若者にそう言います。正しい言葉のように聞こえますが、実際には、具体的に夢を持てずにいる若者も多いでしょう。また、夢がないと焦り、「このままではいけない」と自分を責め、落ち込んでしまいかねません。そんな若者には、「夢がまだないなら、夢を持っている人と一緒に歩んでみたら」、と言ってあげたい。大切なのは、「人の役に立ちたい」という志や情熱、そして人を思いやる心を強く持つことです。自分には夢がないと思っている人も道の途中で見つけることができるかもしれない。あるいは、人の夢に乗ってみるのもいい。限られた人生を精いっぱいチャレンジしながら、誰かの夢に共感して、一緒にその夢を実現する。これはたいへんやりがいのあることでしょう。


卒業生に聞きました!
佐藤帆紡さん(2010年博士課程修了、CYBERDYNE株式会社 勤務)

「どうすればできるかに頭を使ったほうがいい」という先生の言葉に、目からうろこが落ちた

私は学部を飛び級で卒業し、山海先生の研究室で修士・博士課程を過ごさせていただき、先生が設立した大学発ベンチャー企業のCYBERDYNE(株)で(第2研究開発部)、最先端のロボット医療機器の研究開発を行っています。現在の担当は設計を中心とした開発です。「このような機器をつくりたい」という要望から、つくるために必要なことを考え、メンバーと力を合わせながら実現しています。山海先生の研究室では、まず目的を持ち、達成する方法を考え、結果を見て結論としてまとめ、結論が目的と一致すれば、その方法が活用できるという、研究の進め方を学びました。この進め方を身に付けたことが、仕事のうえでとても役に立っています。

学生の頃、私が研究で悩んでいたら、先生から「できない理由を並べるために頭を使うよりも、どうすればできるかに頭を使ったほうがいい」と言われました。「このような理由があるから、きっと実現できない」と考えるよりも、「こうすればきっと実現できる」と考え、実際にやってみたほうが、物事が前に進みます。併せて「生きている時間は限られているのだから、もったいない頭の使い方をしないほうがいい」という言葉もいただいて、目からうろこが落ちました。

大学の研究では、それまで身に付けてきたさまざまな知識や技術を道具にして、課題を解決していきます。道具を多く持っていれば、発想の幅も広がります。そのためには、高校時代までに、学校の勉強はできて当然のこととして、より幅広いことに興味を持つべきだと思います。私はアニメやゲームが好きで、そこからロボットへの興味を広げ、いろいろなことを見聞きして吸収しました。それが、大学時代の研究にも、現在の仕事にも役立っていると感じています。私の親は、私がのびのびと自分の興味の対象に向かい合うことができるように、アニメやゲームだからといって否定せず、見守っていてくれました。研究でくじけそうな時には、支え、励ましてもくれました。私がここまでこられたのは家族のおかげだと、感謝しています。

*『ROBOT SUIT』(ロボットスーツ)、『ROBOT SUIT HAL』(ロボットスーツHAL)、
  『HAL』(ハル)、『Hybrid Assistive Limb』は、
  日本国または外国におけるCYBERDYNE(株)の登録商標です。


プロフィール



筑波大学大学院(博)修了。人・機械・情報系が融合した新しい学術領域「サイバニクス」を開拓し、「ロボットスーツHAL®」を開発。研究成果を社会に還元するため、大学発ベンチャー企業・CYBERDYNE株式会社を設立し、代表取締役社長/CEO(最高経営責任者)となる。

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