筑波大学大学院 システム情報工学研究科 サイバニクス研究センター(1)体を動かそうという意思によってその動きをサポート人と一体化する世界初の「ロボットスーツHAL®」を開発[大学研究室訪問]


日本が転換期を迎えた今、大学もまた大きく変わりつつあります。そんな時代に、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。答えを求めて、さまざまな大学の研究室を訪問します。連載7回目は、世界初のサイボーグ型ロボット「ロボットスーツHAL®」の開発などに取り組む、筑波大学大学院の山海嘉之(さんかい・よしゆき)教授の研究室です。



■車いす生活を送っていた人が、HAL®を装着して歩けたなどの例も

足の不自由なかたが「立ち上がろう」「歩こう」とすると、装着したロボットスーツ®にその運動意思が伝わり、立ち上がったり歩いたりするサポートをしてくれる--。決して未来の夢物語ではありません。私たちの研究室は、そんな、人間と一体化する世界初の「ロボットスーツHAL®」の研究開発を進めています。

私たちが体を動かそうとすると、脳から「筋肉をこう動かしなさい」という指令信号が発せられます。その指令が電気信号として脊髄(せきずい)から運動神経をとおって体の各部分に伝わり、筋肉が反応して実際に体が動きます。この時、皮膚の表面にごく弱い電気信号(生体電位信号)が漏れ出します。HAL®は、皮膚表面に貼ったセンサで運動意思を反映した生体電位信号をとらえ、装着している人がどのような動きをしようとしているのかをリアルタイムに読み取り、運動意思に従い思いどおりに体の動きをサポートするのです。すでに、車いす生活を送っていた人がHAL®を装着して歩けたなど、さまざまな活用事例が報告されています。



■人間・機械・情報系を融合複合した、新学術領域「サイバニクス」を開拓

私は学生時代、工学を勉強して博士号を取得しました。しかし、HAL®のように人間と一体化したロボットを創(つく)り出すには、人間の体などに関する専門知識も必要でした。そこで、医学部に進むことも真剣に考えたのですが、恩師の助言もあって、医学など異分野の人たちと連携を深めることで新分野開拓に挑戦、推進することにしました。こうして開拓することができたのが、人間・機械・情報系などが融合複合した新しい学術領域「サイバニクス」です。

HAL®で重要なのは、人間の運動意思に従って動作支援をするHAL®を装着することで、人間の脳から発せられた指令信号が脊髄と末梢(まっしょう)神経を介して手足に伝わって動くだけでなく、実際に筋肉が動いたという刺激が、再び人間の脳に戻ってくることです。HAL®の介在により、HAL®と人間の中枢系と末梢系の間で、インタラクティブ(双方向)なバイオ(生体)フィードバックが促され、脳・神経・筋系に疾患があるかたの機能改善が促進されるのではないかと考えられます(iBF仮説:interactive Bio-Feedback[インタラクティブ・バイオ・フィードバック]仮説)。超高齢社会を迎えつつある今、加齢や疾患によって低下した人間の身体機能を支援し、回復させる科学技術が求められています。先に述べたiBF仮説の原理と効果効能を証明するために、基礎研究、及び実験、大学病院での探索研究などを経て、臨床レベルでの基礎評価もまとまり、世界初のロボット医療機器とするため、日本主導で国際的治験(公的な臨床試験)がまさに行われようとしています。



■机の上で書いた論文だけが評価される、学問の現場への危機感

科学技術は人や社会のために役に立ってこそ価値があります。私たち人類は、科学技術を身に付け、環境すら変えて生き残るという、他の生物とはまったく違う道を選び、進んできました。どんな科学技術を創り出すかによって、未来が決まるのです。そんな科学技術を担うには、ただの興味本位ではなく、人を思いやる心と、高い志を持ち、あるべき未来を見据えて研究開発する「未来開拓型」の人材が求められます。残念なことに、これまでの日本人的発想では、海外に先行的に活用されているものがあれば、それを改良するスタイルをとってきたため、人や社会のために何をすべきかを自ら発想できるような人材がなかなか育たなかったという現状があります。

人材育成の問題は、学問の現場に顕著に表れています。工学はものづくりの学問ですが、残念ながら、工学の研究者で実際にしっかりしたものづくりができる者は少ないのが現状です。研究者としての評価の基準となるのは論文ですから、実際のものづくりまで踏み込まなくても大過なく過ごせるのです。しかも、論文の数が評価される傾向にありますから、短い時間で成果が出る研究が好まれ、長い時間、腰を据えて取り組む研究は敬遠されています。こうした問題は、大学だけでなく企業でも起きています。理論を考えるだけで実際の設計や製作は外注してしまう、ものづくりができない研究者が少なくありません。

このままでは、革新的なものづくりなどできるはずがない--私はそんな危機感から、2004年、未来開拓・新産業創出・人材育成のために「CYBERDYNE(サイバーダイン)(株)」というベンチャー企業を設立しました。研究室の卒業生も何人もそこに就職しています。そこでは、HAL®の装着によるトレーニング効果の確認など、研究成果を広く社会に還元するため、実用化に向けた取り組みが進むとともに、未来開拓型の人材も育っているのです。




「ロボットスーツHAL®」。装着者がHAL®に乗り込む構造になっているので、重たく感じることはない。装着者の支援に必要な、症状・部位に合わせた構成が可能。


学生に聞きました!
佐邊 綾太郎さん(2011年大学院入学、大阪府出身)

先生の励ましで挫折を乗り越え、研究と共に自分も成長していると実感

私は学部の頃、京都大学の研究室で研究をしていました。高校時代には将来やりたいことが明確に定まっておらず、夢は漠然としたものでした。ただ、生涯研究をしたいという希望があり、物理が得意であったこともあり、工学部への進学を決意しました。しかし、大学に入ってから、「人に役立つものをつくりたい」という気持ちが強くなり、山海先生の研究室のことを知って、大学院はぜひここに進学したいと思いました。京都大学での研究とはまったく違いましたが、思いきって飛び込みました。現在は、歩行機能に障害のあるかたがリハビリに取り組む時、そのかたの歩き方に関する情報を計測し、それをもとにどんな歩き方をしたらよいかを提案するシステムの研究開発に取り組んでいます。

私の父は分子生物学の研究者で、私を医者にしたかったようです。だから、工学部に進むことには大反対でした。昔気質の父で、かなり厳しいことも言われましたが、粘り強く説得して認めてもらいました。しかし、大学院で山海先生の研究室に進学することには、逆に大賛成でした。きっと、大学に進む時とは違って、今度は自分の気持ちがはっきりしていることが伝わったのだと思います。母は自分の考えを応援してくれたので、心強く思えました。

山海先生の研究室に入ってすぐの頃は、壁にぶつかってばかりでした。最先端のエレクトロニクス設計やプログラミング、最新鋭マシニングセンタを用いた加工などさまざまな専門的な知識や技術が必要で、周りの学生たちはみんな、すでに当然のようにマスターしているのですが、私にはまったく経験がありませんでした。必死で勉強し、研究を続けていたのですが、1年目の夏に、大きな挫折を味わいました。もう研究室をやめようかとまで思いつめました。でも、先生がじっくりと話を聞いてくれ、先生ご自身の取り組んでいる研究の素晴らしさ、苦難の乗り越え方など貴重なお話をしてくださいました。そして、私は前向きな気持ちを取り戻し、研究に復帰することができました。それからも壁にぶつかることは何度もありましたが、その都度乗り越え、そのたびに自信も膨らんできました。今では、研究が進むにつれて自分も成長していると実感できるようになり、世界初の研究成果をまとめた学術論文もすでに2編採択され、とても充実した毎日を過ごせています。4月からは博士後期課程の大学院生として、研究室の理念でもある、人や社会のために役立つ革新的な研究を推進していきたいと思っています。



*『ROBOT SUIT』(ロボットスーツ)、『ROBOT SUIT HAL』(ロボットスーツHAL)、
  『HAL』(ハル)、『Hybrid Assistive Limb』は、
  日本国または外国におけるCYBERDYNE(株)の登録商標です。


プロフィール



筑波大学大学院(博)修了。人・機械・情報系が融合した新しい学術領域「サイバニクス」を開拓し、「ロボットスーツHAL®」を開発。研究成果を社会に還元するため、大学発ベンチャー企業・CYBERDYNE株式会社を設立し、代表取締役社長/CEO(最高経営責任者)となる。

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