ニッポンの教育をどう考えるべきか --苅谷剛彦・オックスフォード大学教授に聞く(3)

苅谷剛彦・オックスフォード大学教授と木村治生・ベネッセ教育総合研究所室長の対談の最終回は、「学び」の在り方を考えた第1回や、グローバル化と英語教育の課題を深めた第2回を受けて、保護者の子どもとの接し方や大学教育といった具体的な問題に話が進みます。
※この記事は2015年4月に東京都内で行われた対談を、教育ジャーナリストの渡辺敦司氏がまとめたものです。



家庭教育は大ざっぱに、大学教育は厳しく

木村 高大接続改革では、1点刻みの入試を変えようという論議があります。

苅谷 目の前の現実的な子どもの「幸せ」として点数が社会的な意味を持っていることは、否定できません。「点数だけではない生き方がある」といっても、現実的にはナンセンスでしょう。
ただ見方を変えると、入試にしても人生の中では、ごくわずかの話です。何点か刻みで一生が決まるほど、社会や人生は精巧にできているわけではありません。もっと大ざっぱに考えたほうがいいでしょう。

木村 むしろ保護者のほうに、1点刻みではない発想が広がっているようにも思います。

苅谷 それよりも子どもが人間関係の機微を感じられなくなっていることのほうが、心配になっているかもしれませんね。
保護者が本気で子どもに接したり、一緒に雄大な景色を見て感動したりといったことは、試験に関係なくできることです。子どもが本ばかり読んで一時的に点数が少し下がったとしても、人生に大差はないでしょう。保護者の背中を見せることにも、意義はたくさんあります。日々のいろいろな経験の積み重ねが人生に重みを持ってくることは、自分の人生を振り返れば気が付くことではないでしょうか。保護者自身の人生が充実していることも必要ですね。

木村 先生は2015年4月13日に行われた東京大学の入学式に来賓として招かれ、祝辞の中で、「東大生の知的な鍛錬は不十分で、他のワールドワイドクラスの大学とは大きな差がつけられている」と厳しい指摘をされました。やはり日本の学生に問題があるのでしょうか。

苅谷 学生側ではなく、大学側の問題でしょうね。入るまでは相当勉強しなければならないのに、入ってからはそれほど勉強しなくても卒業できる状況が許されている。本気で勉強が好きだという学生はほんのわずかしかいませんから。だからこそ意図的に勉強させる工夫が必要です。日本の大学の4年間と、オックスフォード大学の3年間は密度が全然違います。せっかく入学させた素質の高い学生をしっかり教育しているからこそ、オックスフォード大学やハーバード大学は世界で評価されているのです。東大生は日本の中だけで評価されますから、 国際的には学習の質や量は評価されない、だから問題にならないんですね。けれども、それでは高い素質を無駄にしていることになる。それほど勉強しなくてもいい状態が大学での4年間だと思い、学んだつもりになっているわけですから。

受験勉強で得た知識は、人類の知識の一角でしかありません。それを使って思考力を育てるような、厳しい大学教育が必要です。それを経て、初めて「これだけのことをやり遂げた」という自信も生まれてくるのです。
保護者の方々も自分の歩んできた人生を振り返りつつ、子ども自身が充実した人生を見つけられるよう、いい意味で気楽に構えながら、サポートをしてあげてほしいと思います。


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