地獄の絵本でしつけるのはやめたほうがいい?[教えて!親野先生]
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言うことを聞かないお子さまに対して、「鬼が来るよ」とか「悪いことをすると地獄に落ちるよ」などと話したことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。言うことを聞くようになる効果を感じつつも、怯えるお子さまの姿に心配になってしまったこともあるかもしれません。
子どもを怖がらせてしつけてもよいものなのでしょうか。教育評論家の親野智可等先生に伺いました。
【質問】悪いことをしたり、ウソをつかないように地獄の絵本を読んでしつけるのはやめるべき?
私が地獄の絵本を読み聞かせてから、「地獄ってあるの? 鬼が来ると怖いからトイレの外で待っていて」などと言ってきます。悪いことをしたりウソをついたりしないように、しつけのために読んだのですが、ちょっと心配な気もしてきました。こういうしつけ方はやめたほうがよいのでしょうか? (モモンガ さん:年長女子)
親野先生からのアドバイス
モモンガさん、拝読いたしました。
悪いことをすると地獄に送られて、鬼に切り刻まれる。
ウソをついたり約束をやぶったりすると、釜ゆで地獄。
人をバカにしたり悪口を言ったりすると、針地獄。
大人でも目を背けるような残虐な絵が満載の絵本、これが子どもたちのしつけに有効だとマスメディアが喧伝(けんでん)しました。
たとえば、あるテレビ番組では次のような声が紹介されていました。
・初めてこの絵本を読み聞かせたときは、とても驚いたようです。その後は、わがままを言ったときにこの絵本の表紙を見せるだけで言うことを聞くようになりました。
・言うことを聞かない時に「地獄の鬼が見ているよ」と言うと素直に言うことを聞きます。助かっています。
・「泣き止まないと鬼が来るよ」と言うとすぐ泣き止みます。
・2人の弟がケンカをしていると、お姉ちゃんが「ケンカしていると鬼に見つかるよ」と言ってくれます。すると、ケンカをやめて仲直りします。
・絵本を見せてからまだ3日目ですが、よくお手伝いをするようになりました。よいことをして極楽に行きたいと思っているようです。
このようなことを、お母さんたちがうれしそうに話すのを見て、私は悲しい気持ちになりました。
子どもは怖がりなもの。心の傷になる恐怖を植え付けないで
このように恐怖をもとにしつけたり、相手をコントロールしたりするのはやめるべきです。手っ取り早い効果があるのでついやってしまうのですが、実はいろいろな弊害・副作用があります。
ひと言で言えば、目に見えない部分で、心の傷・心的外傷・トラウマをつくってしまう可能性があるということです。実際に、モモンガさんの娘さんも一人でトイレに行くのが怖いと言っています。テレビでも、夜眠れなくなった子の例が出ていました。
ただでさえ、子どもは怖がりです。子どもにとって、世の中には未知の部分が多く、怖いこともいっぱいあるのです。
風が木を揺すっただけで、子どもは「何かいるんじゃないか?」と不安になります。妖精やサンタクロースも信じています。大人とは違うのです。
そのような子どもに、残虐な絵が満載の絵本を見せて地獄だの鬼だのと怖がらせ、良い子にしていないと鬼に切り刻まれるなどと教えれば、小さな胸が不安でいっぱいになるのは当たり前です。
自分を取り巻く世界は一見普通に見えても、実は一皮むけば恐ろしい世界がその裏に潜んでいるのだと感じます。
これが、子どもの心に漠然とした恐怖や不安を植え付けます。
天真らんまんに明るく快活に生きている子どもに、このようなものを植え付けようとすること自体が間違いです。
恐怖心を抱いた状態では、さまざまなま弊害も出てきてしまうため注意して
そして、親はそのような恐怖心をもとに、子どもをコントロールして支配しようとします。それによって、表面的には悪いことをしない「良い子」になるかもしれません。わがままは言わないし、言い付けは守るし、きょうだいゲンカはしないし、お手伝いはするし……。
でも、その理由が恐怖心だとしたら悲しいですね。
本当にそうしたいわけではないのに、怖いから仕方なくそうしているのです。相手の幸せを願う気持ちや愛情・思いやりの心から、喜んでそうしているというわけではないのです。
それに、人間の心にとって恐怖心というものは、非常にまずい種の一つです。
恐怖心・不安感・不信感・被害意識などを抱いた状態でいると、いろいろなまずい反動が出てきます。
良好な人間関係がつくれなくなる、人の欠点を探すようになる、自由な発想ができなくなる、主体的に行動することができなくなる、上にはへつらい下には強権的になる、オープンで快活な自己表現ができなくなる、などなどです。
また、犯罪心理学によると、被害妄想的になり攻撃的な性格が強まると言われています。というのも、自分を守るために攻撃的にならざるを得ないからです。
犯罪者の多くは、「子どものころまったく安らぎのない生育環境だった」「親から厳しすぎるしつけを受けた」「親の愛情を実感できずに育った」「親・他者・社会、その他すべてに対する不信感がある」「自己肯定感が非常に低い」「大きな恐怖を味わったことがある」「何かにおびえる漠然とした不安感がある」などの特徴を持っていると言われています。
トラウマは健全な成長を妨げるもの。間違ったしつけからは決別を
地獄の絵本でしつけるなどという方法は、心理的な暴力であり、物理的に子どもを叩く暴力・体罰と同じです。
洋の東西を問わず、人類はずっとこのような心理的な暴力と物理的な暴力を使ってしつけをしてきました。
その理由は、心の傷・心的外傷・トラウマというものについて、まったく知らなかったからです。表面的にわからなくても目に見えない深いところで心の傷を受けることがあり、それが心身の健全な成長を妨げるということを人類は知らなかったのです。
まずフロイトが人間の無意識層に気付き、ユングがそれを深め、深層心理学や精神医学が発達して、その後、トラウマについては20世紀後半に研究が深まりました。
それまでは、そういうことに無知でした。
ですから、人類が誕生して以来ずっと、実に長い間、手っ取り早い効果のある心理的な暴力と物理的な暴力を使って、恐怖のもとに子どもをしつけてきたのです。その裏に、大きな弊害や副作用が潜んでいるなどとは思ってもみなかったのです。
その結果、人間社会には争いが絶えることなく、戦争もなくなりませんでした。
今、わたしたちは目に見えない心の傷というものがあるということを知っています。ですから、昔の子育てやしつけの間違った部分から決別しなければなりません。
ところが、人間はすぐに変われないまま過去のやり方を引きずります。
わかりやすい例がたばこです。たばこの健康被害については既に十分過ぎるほど明らかになってきているのに、やめられない人がたくさんいます。
良くない結果がすぐに目に見えないからやめられないのです。
だから、良くない種をまき続けてしまうのです。
ガンなどになったとき、つまり結果が目に見えたときになって初めて目が覚めます。
手っ取り早い方法に飛びつかず、手間暇がかかっても子育ての正道を
恐怖心でなく、愛情や思いやりで子どもを導こう
地獄の絵本でしつけるのも、同じです。
良くない結果がすぐに目に見えないから、目先の効果に引かれて、良くない種をまいてしまうのです。
種をまいて、芽が出て、花が咲き、実がなるまでには時間がかかります。でも、種をまけばいずれ実がなるのです。良くない種からは良くない実がなります。
手っ取り早い方法に飛びつくのではなく、手間暇がかかっても子育ての正道を歩んでほしいと思います。
なぜそうしてはいけないのか、なぜそうするとよいのか、子どもが納得してできるように心を込めて教えてあげてください。すぐにできなくても、忍耐強く何度でも教えてあげてください。
恐怖心からではなく、愛情や思いやりから、喜びの気持ちを持って行えるように導いてあげてほしいと思います。
もし私がモモンガさんだったら、「地獄なんてないよ。鬼なんていないよ。たとえ鬼が来たとしてもママが追い返しちゃうから大丈夫。ママが守ってあげるから大丈夫」と言ってあげます。
子ども時代の一日一日を、安らかな気持ちで、安心して、明るく楽しく幸せな気持ちで生きられるようにしてあげたいと思います。
私ができる範囲で、精いっぱい提案させていただきました。
少しでもご参考になれば幸いです。
皆さんに幸多かれとお祈り申し上げます。
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