東京大学 生産技術研究所 (1) 地球のダイナミックな水循環の解明が水利用や水災害防止に役立つ[大学研究室訪問]

日本が転換期を迎えた今、大学もまた大きく変わりつつあります。そんな時代に、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。答えを求めて、さまざまな大学の研究室を訪問します。4回目は、地球規模のダイナミックな水循環の解明を試みている、東京大学の沖大幹教授の研究室です。



■土木工学とは、電気や水、道路、鉄道など市民生活を支える「社会基盤」をつくる学問

私の研究室は東京大学の生産技術研究所にありますが、学生は工学部社会基盤学科から配属されます。社会基盤学科は、私が学生のころは土木工学科でした。そう聞くと、土木工事の現場をイメージされるかたが多いかもしれませんね。しかし、そうした現場で必要な技術は土木工学のほんの一面にすぎません。土木工学は英語では「civil engineering」、直訳すると「市民工学」です。安全で快適な市民生活を送るには、電気や水、道路や鉄道などの社会基盤が欠かせません。土木工学とは、市民の生活に幅広く貢献する学問なのです。

道路や鉄道をつくるには、電気、機械、材料など、さまざまな分野の技術開発が必要です。しかし、やみくもに技術を開発していても何も生み出されません。たとえば、「東京から大阪までたくさんの人を速く運びたい」「安全でおいしい水が飲みたい」といった社会のニーズに応えるために、どんな社会基盤が最適なのか、必要な技術は何なのかを見極める必要があります。そして、各分野に技術の開発を求め、足りない部分は自分たちで開発し、生まれた技術を組み合わせてをつくり上げる──そうした役割を担うのが、土木工学なのです。



■さまざまな学問分野を横断して地球の水循環を考える「水文学(すいもんがく)」

天文学ならぬ「水文学(すいもんがく)」という言葉をご存じですか? 地球規模の水循環を、さまざまな学問を横断して考える学問です。私の研究室では、この水文学という立場から、水に関する社会基盤など、さまざまな研究に取り組んでいます。

人間は、料理や洗濯、風呂、掃除など、生活のさまざまな場面で水を使います。そのためには浄水場や水道、下水道などを整備しなければなりません。一方で、大雨による洪水や、逆に水不足による干ばつ、あるいは津波や高潮など、水に関連して起こる災害から人々を守るためにも、ダムや堤防などが必要です。たとえば洪水の場合、発生する原因は大雨ですから、気象学などの知識が必要です。また、どのくらいの雨が降れば川から水があふれるかを考えるには、地学的な知識も求められます。このようにしてさまざまな学問を横断しながら、地球規模の水循環のダイナミックな姿を明らかにしているのです。



■「自然」と「人間」の対立は昔の話。人間の活動を無視しては、自然科学は成り立たない時代に

かつて、水循環は、人間の活動とは関係のない自然現象として研究されてきました。しかし、1970年代くらいから事情が変わりました。たとえば森林を農地にするなどの人間の活動や、工場や家庭、農地での水の利用が水循環に影響を及ぼし、地域の気候も変えつつあることが明らかになってきたのです。人間の活動を無視するのは、空想の地球について考えるようなものです。そこで私たちは、人間の活動が水循環に与える影響も考慮して研究に取り組んでいます。これは、私たちの研究に限ったことではありません。以前は自然と人間は対立するものと考えられていましたが、今や人間の活動を無視しては自然科学が成り立たない時代になりつつあります。

このように、水に関する社会基盤はさまざまで、水文学の幅も広いですから、私の研究室のテーマは多岐にわたっています。たとえばタイの洪水を予測する研究プロジェクト、高度成長期の都市の河川の急速な変化を調べて河川再生の道を探る研究。衛星観測によって雨の世界地図をつくる研究、サンゴや鍾乳洞(しょうにゅうどう)に記録された水の安定同位体比の情報から古気候を推定する研究など。学生たちは、自分が興味を持ったことに、先輩たちの研究成果も生かしながら取り組んでいます。


地球の水循環について示した図。工場や農地、家庭での水の利用も、地球の水循環に大きな影響を与えています。沖先生の研究内容に興味をもたれたかたは、『水危機 ほんとうの話』(新潮選書/沖大幹(著)/1575円=税込)をご覧ください。(Oki & Kanae、『Science』2006)


学生に聞きました!

鳩野美佐子さん(2009年入学、広島県出身)

高校時代までは味わえなかった答えのない勉強のおもしろさを知った

私は子どものころから、あまり先のことを考えられない性格で、高校時代も、将来は海外で仕事をしたいと漠然と思ってはいたものの、具体的に大学に行って何を勉強したいか、見つかっていませんでした。理科や数学が好きだったので理系の学部に進みましたが、いざ入ってみると、大学の高度な理系の勉強にだんだんついていけなくなってしまいました。学科選択の時期を迎えた時も、まだやりたいことは見つかっていなくて、理系だけど文系っぽい要素があるという理由から、社会基盤工学科を選びました。

社会基盤工学科の中で沖先生の研究室を選んだのも、テーマの幅が広く、やりたいことが見つかるかもしれないと思ったからです。そして、研究室に入ってから、「答えのない勉強」のおもしろさを知りました。ちゃんと答えが出るかわからないことを研究し、成功するにしろ失敗するにしろ、答えが少しずつ見えてくる。そこには、受験勉強では味わえないおもしろさがありました。そんな中で、タイの洪水予測のプロジェクトに興味を持ち、そこに、別の先輩がやっていた、降水量から河川の水量の増加を計算するシステムを結び付けて、世界中の河川の洪水リスクを算出するシステムの開発に取り組んでいます。

高校時代の経験で、今研究に役立っていると思うのは、6年間バスケ部を続けたことです。最後の大会の直前に大きなケガをしたんですが、病院に行けば練習も試合も止められてしまうと思い、我慢しました。そして、がんばった結果、目標の県大会出場を果たせたんです。仲間もケガのことを知っていて、みんなで号泣しました。一つのことに打ち込み、がんばり抜いたことは、今の支えになっています。私の親も、受験を控えて心配だったと思うんですが、「あとちょっとなんだからがんばれば」と言って、背中を押してくれました。自分の気持ちを思って見守ってくれたことに、とても感謝しています。

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