《自分がやりたいこと》を問う前に。今こそ子どもに伝えたい、勉強の意義【専門家解説】

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「いい学校、いい就職のために勉強をしよう」。ひと昔前までは子どもを勉強に向かわせていた言葉が、今の時代では響かないことも多いとか。

現代の子どもたちに、勉強の意義を伝えるにはどうすればよいのでしょうか。ベネッセ教育総合研究所・教育イノベーションセンターの小村俊平センター長に聞きました。

この記事のポイント

「なぜ勉強する?」疑問を感じる子どもが増加

ーー子どもたちの、勉強への意欲の変化について教えてください。

まず、「勉強しようという気持ちがわかない」という子どもが、コロナ禍以降に増加していることが挙げられます。
最新の調査結果では、高校生の65.9%、中学生の63.1%、小学4〜6年生の53.4%が「勉強しようという気持ちがわかない」と回答しました。

(図1)「勉強しようという気持ちがわかない」の割合

また、勉強する理由にも変化が見られます。
勉強する理由として「先生や親にしかられたくないから」を挙げる小・中・高校生が近年大幅に増加している一方、小・中学生では「将来なりたい職業につきたい」「自分の希望する(高校や)大学に進みたい」を挙げる割合が減少しています。将来の目標に向けて勉強するという動機が弱まっている様子がうかがえます。

(図2)勉強する理由

一方で、日本の子どもの学力は、世界の中で高い水準にあります。国際学力調査においても、特に理数系の科目では世界トップレベル。しかし「科学が楽しい」「学んだことが役立つと感じている」といったスコアは他国に比べても低く、ここでも興味・関心での課題が浮き彫りになっています。(※)

ーー学力と、勉強への関心や意欲は、必ずしも関連するわけではないのですね。

近年、学校現場からも、保護者からも、「なぜ勉強するの?」といった子どもからの質問が増えてきたとの声が挙がっています。これには2つの理由が考えられます。

1点目は、少子化による競争の緩和です。保護者世代のころ、言い換えれば成長社会においては、勉強して学力を付けることは、いわゆる《いい学校》《いい職業》への進路を勝ち得て、豊かな生活を送るパスポートのようなものだと信じられていました。そのため、激しい競争に勝つために勉強するというシンプルな動機が成り立ちました。

しかし、現在では少子化によって、都市部や一部のトップ校を除けば競争は緩和。受験倍率が1.0を切る学校も珍しいケースではなくなり、各都道府県トップの進学校でさえ、1倍から1.2倍程度です。「いい学校に進学するためには必死に勉強しなければならない」というプレッシャーは、保護者世代のころに比べると弱くなっているといえます。

2点目は、個性や、自分がやりたいことを重視する子育てや教育への変化です。「好きなことを見つけよう」「やりたいことをやろう」というメッセージは素晴らしいことです。自分にとってどんな意味があるかに関係なくただ競争に勝つことを目的にするよりも、自分が何を望んでいるか、どうありたいかという価値観を磨くことは、変化が激しい社会で幸せに生きるためには大切なことだと思います。

しかし、それが「好きなこと以外はやらなくていい」と受け取られてしまった場合、興味のない分野の勉強への意欲は持ちづらくなることが考えられるでしょう。今の自分には理解できなくても、将来の自分のためになることはたくさんあります。学んだことの意味は、あとでわかることも多い。これが学びの難しい点だと思います。

ーー「やりたいこと」もすぐに見つかるものではないですよね。

大人でも同じですが、「夢を持とう」「やりたいことを見つけよう」というだけでは、逆効果になることもあります。時には、勉強への意欲を高めるどころか、むしろ焦りを呼び『夢ハラ』『WILLハラ』(注:夢や目標、将来のビジョンを持つのを強制すること)といわれる状態に子どもを追い詰めてしまうことになりかねません。

「やりたいことをやろう」よりも伝えるべきこと

ーー勉強をする意味がわからない時、保護者は子どもとどのような対話ができるでしょうか。

「勉強っていいものだよ」とそのまま伝えられるとよいのですが、なかなかすぐに「なるほど。じゃあやる!」とはならないですよね。もう少し具体的に「勉強するとこんなよいことがある」とメリットを示してもよいのではないでしょうか。

たとえば、化粧品が好きでいつかその仕事に携わりたいのなら、化学は学んでおいたほうがよいでしょう。また、美しいとはどういうことかを文化的、歴史的な背景で学ぶことも大切です。仕事においては、さまざまな技術やスキルを駆使することはもちろんですが、それが誰にとってどのような意味を持つかという観点が欠かせません。

また、将来どんな暮らしをしたいかを聞いてみて、今の勉強に落とし込んであげるのもよいと思います。「その生活がしたいならお金がこのくらい必要だね。それだけ稼げる仕事となると、こういうスキルが必要だから、これを学んでおくと役立つね」といった具合です。

教育する側は、社会の担い手に育ってほしい、困っている人を助けられる人になってほしいなどのいろいろな思いを持つものですが、それをそのまま子どもに伝えてもなかなか届きません。本人がイメージしやすい生き方や働き方に置き換えて話し合うことが大切ではないでしょうか。

ーーいま将来の夢や目標がなかったとしても、発想を広げることにつながりそうですね。

そうですね。一方で、ある種の厳しさや、社会の厳然たる現実を伝えることも大切です。学びによって将来の選択肢がどう変わるのか、専門性や能力があることでどう有利に働くのかを伝えることも、これからの時代には重要です。

決められた「勉強」から自分が決める「学び」へ

ーー社会について触れながら対話するうえで、保護者はどのような意識を持っておくとよいでしょうか。

まずは、発想の転換が必要だと思います。
保護者世代では、どんな分野でもまんべんなく点数をとるゼネラリストを育成し、競争の中で優秀者を選抜していくことが当たり前でした。このようなピラミッド型の競争のもとでは、苦手をなくしていくことが勝ち抜くためのコツとなります。そして、最終的に勝ち残れるのはごく一部の人たちとなります。

しかし、実際の社会は一つのピラミッドで成り立っているのではなく、いろいろな場所やルールがあります。当たり前のことですが、場所が変わればどういう人が優秀か、どういうパフォーマンスが素晴らしいかという評価は変わります。スポーツでいえば、タックルをすれば点が入る競技があれば、イエローカードになる競技があるわけです。自分が評価される、活躍できる場所を選んだり、自分が活躍しやすいルールをつくったりしてもよいのです。

そうするためには、一方的に押し付けられた勉強ではなく、何を学ぶか、どう学ぶか、どこまで学ぶか自体を、自分で決めていく必要があります

ーー自分で決める、というのが学びのポイントですね。

ただし、これは「やりたいこと」を無理やり聞くという意味ではありません。まずは「自分はどんなことに時間・お金を使っている時が楽しいか?」といった身近な問いから始めてみるのはいかがでしょうか。

たとえば、一口にゲームが好きといっても、実際にはハマるものとそうでないものがあるはずです。その違いから見えてくる価値観について考えてみるのもよいでしょう。

もっと知りたい、楽しみたいと思った時、その先には自然と学びがあります。学びによって見方が変わったり、深まったりすれば、好きなものをもっと好きになれるかもしれません。

教育というと、つい足りないことを補うほうに目がいきがちです。しかし、好きなことや得意なことを際立たせるサポートというのも、これからの時代は、きれいごとではない有効なアプローチになります。その過程における主体的な「学び」は、子どもの自己効力感をも高めていくことにもつながるのではないでしょうか。

<出典>
(図1、2)
子どもの生活と学びに関する親子調査2023/東京大学社会科学研究所・ベネッセ教育総合研究所
https://benesse.jp/berd/up_images/research/oyako_tyosa_2023_0326.pdf

(※)
PISA(OECD生徒の学習到達度調査)およびTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)の結果より

(編集協力/岡聡子)

プロフィール


小村俊平

1975年東京生まれ。全国の自治体・学校とともに、次世代の学びの実践と研究を推進。全国の教員との毎週のオンライン対話会「気づきと学びの対話」、中高生との定期的なオンライン対話会「SDGsユース」、中高生との探究的な学びのコミュニティ「ベネッセSTEAMフェスタ」を開催するなど教育イノベータが集まる場を主宰しており、学校や家庭の学びの変化や先進事例に詳しい。
これまでにさまざまな官庁や自治体の委員、大学・高専・高校の委員やアドバイザーを務めており、複数の学校設立に携わるなど初等中等教育から高等教育まで幅広く活動する。また、OECDシュライヒャー教育局長の書籍翻訳等の経験があり、国際的な教育動向にも詳しい。
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