【第1回 最先端の教育実践者が語る座談会】小中学生としての9年間、大人も子どもも「〇〇しないといけない」からの脱却を
- 教育動向
新型コロナウイルス感染症への対策に明け暮れているこの2年の間も、子どもたちは成長し続けています。小・中学校での貴重な9年間、どのようなことを大切に過ごしてほしいのかを、いまもっとも先進的な実践で注目を集める3名の先生方にお話しいただきました。
お話しいただいた先生(お名前50音順)
- ・東京・私立 かえつ有明中・高等学校 副校長 佐野和之先生
- ・東京・公立小学校 指導教諭 庄子寛之先生
- ・東京・私立 武蔵野大学中学校・高等学校 校長 中村好孝先生
聞き手
- ・ベネッセ教育総合研究所 主席研究員 小村俊平
子どものありのままを受け止める存在を増やしたい
小村:小・中学校9年間の学びについて、学校で子どもたちに接する中で、どのようなことを感じていますか。昭和・平成時代との違いや、子どもや保護者に向けて、今こそ大切にしてほしいことなどをお聞かせください。
佐野先生:私自身が小学生を含む4人の子どもの親でもあるのですが、自分が子どもの頃は、学力の高低や友だち付き合いの上手さなどとはまったく関係ない世界で、自分のありのままを受け入れてくれる存在が身近にありました。
同居するおじいちゃん、おばあちゃんや、自宅近くの豊かな自然などがそうです。
今はそうした存在が都市部を中心に減っています。どのような人や場所でもよいので、他者との優劣が重視される価値観や緊張感とは無縁の、子どもの存在が全受容される場が必要だと思います。それは親でなくてもよいし、家庭の外でもいい。できれば学校がそういう場であってほしいと願い、日々の学校運営にあたっています。
また、本校に入学する生徒の中には、過度な競争や緊張する人間関係の中で、苦しんだり自分を押し殺したりして過ごしてきた子どもたちもいます。そうした心のこわばりを解きほぐすには時間がかかります。
ですから、できればそこに時間を割く必要がないような小学校時代を過ごすことができれば、中学校生活がより豊かで楽しいものになると思います。
かえつ有明中・高等学校 佐野和之先生
小村:自分の存在基盤というか、帰る場所があると、そこを拠点にして様々なことにチャレンジできますが、基盤が揺らいでいると難しいですよね。
親世代の頃と比べて、最近の小学生は関わり合う人の人数やタイプが減っているとも聞きます。そのため、親や塾の先生といった限られた人の期待に応えようと頑張ってうまくいかなかった場合に、居場所がなくなって辛い思いをする子どもが増えているのではと感じます。
佐野先生:プレッシャーに負けないように頑張る体験は必要ですが、もしうまくいかなくても、それを受け止める場や人との関わりがあることが大切ですね。
昔から大切にされてきたことは今もこれからも大切
中村先生:東京の私立校の校長を務めて改めて感じるのは、これまで日本が大切にしてきたことを置き去りにしてまで「新しいものを取り入れないといけない」と躍起になる必要はないということです。
小・中学生の間は、基礎学力をつけることは当然として、挨拶をする、年長者を敬うといった、日本で昔から大切にされてきたことは今もこれからも大切にすべきと考えています。
現在の学校教育には、〇〇教育とか最新のICT用語などが飛び交っています。それらをすべて学ばねばならない、教えなければならないという「ねばならない」強迫観念に、大人がとらわれていないでしょうか。
他方、朝は「おはようございます」、何かを他人に頼む時は「よろしくお願いします」といった基本的な挨拶や言葉遣いを、大人自身が子どもにしっかり伝えていないように思います。それらをないがしろにして、ICTを使いこなしたり人前で上手にプレゼンできたりすることばかりを評価する風潮には反対です。
そうした危機感や自制の念から、本校では2021年度のキャッチコピーを「人格教育」としました。保護者の方々にはぜひ、かつてご自身も親に言われたような当たり前のことを、子どもたちにしっかりと伝えて、子どもがおざなりにしていたら叱ってほしいと思います。
その上で、社会とつながるような体験や、どのようなことでもよいので自分に自信を持つ経験をたくさん味わってほしい。もちろんそれらは必ず将来生きていくための力になりますので。
武蔵野大学中学校・高等学校 中村好孝先生
それは本当に「やらないといけない」こと?
小村:新しい教育のキーワードが生まれると、有無を言わずに取り組まないといけない同調圧力だったり、それ以前のあり方を全否定したりする傾向が見られるのは残念なことです。
さまざまな子どもたちがいて、さまざまな教育のアプローチがあって、そこは白か黒かの単純な世界だけでは語れません。
佐野先生と中村先生は共通したメッセージとして、社会と様々な関わりを持つことの大切さを挙げられましたが、そうした状況を踏まえたものだと感じました。
庄子先生:私は小学校の教員ですが、いろいろな人と出会い、繋がる大切さは小学生でも同じです。ただ、小学生は中高生よりもさらに人間関係が限られています。
なかでも、親や学校の先生との関係が特に強く、受ける影響も大きい。その親や教師が考える価値基準のなかで、「こうしなさい」と言われたことに対して子どもが当然のように従っていることに疑問を覚えます。
親が良かれと思ってさせている習い事に通い、教員の号令にしたがって整列し体育座りをしている状況は、子どもの成長にとって本当に好ましいのでしょうか?犯罪や重大な危険が伴うことは別として、世の中の当たり前や常識というものは社会変化によって変わるということを、大人は子どもにもっと伝えるべきだと思います。
言い方を変えると、子どもたちには「〇〇しないといけない」と言われることに対して疑問を持つようになってほしいのです。そのためにも、いろいろな考えや背景を持つ人と出会うことが大切です。
東京都 公立小学校 庄子寛之先生
子どもたちはもっとデコボコでいい
庄子先生:それともう一つ、当たり前のことなのですが、子どもたち一人ひとりにとって「学校が楽しい!」と思えることが大事だと思います。
学校は学ぶ場所ですから、勉強は必要です。ただ、それだけではありません。野球が得意な子、絵や工作が好きな子、友だちとのコミュニケーションが好きな子——子どもの得意や個性はさまざまです。にもかかわらず、勉強や運動が得意な子が評価されがちで、できない子は劣等感や苦手意識を強めてしまっている場面を多く目にします。
学校は、自分が得意なことには堂々と胸を張り、苦手があること自体は何ら恥じることなく認めてもらえるような場でありたいものです。
子どもたちはもっとデコボコしていていい。心からそう思えるように、教師も親も、子どもに対する意識を変えないといけないと思います。
小村:いまの日本には、得意分野を伸ばすことよりも苦手分野を克服することに重きをおく風潮があります。小・中学生の時期にどの力を高めていくのかという視点も含めて、我々大人が当然と考えている「『〇〇しないといけない』からの脱却」が求められているのだと、先生方のお話を伺って感じました。
ベネッセ教育総合研究所 小村俊平
(執筆/神田有希子)
<第2回に続く>
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