人工知能の東大「断念」の意味は

国立情報学研究所の研究チームを中心に開発していた東京大学合格を目指す人工知能(AI)の「東ロボくん」が、東大合格を諦めて「進路変更」したというニュースが話題になっています。「東ロボくん」には何ができて、何ができなかったのか……これは現在のAI開発を考えるだけでなく、将来、AIが進歩・普及した時代に、人間には何が求められるのか……という大きな問題を含んでいそうです。

読解問題で弱点を克服できず

「ロボットは東大に入れるか」は2011(平成23)年にスタートしたプロジェクトで、AI開発の一環として、22(同34)年までに東大に合格することを目指していました。研究は順調に進んで、2016(平成28)年の進研模試では、国公立23校、有名私立大学などを含む512校に対して「合格率80%以上」の成績を収めました。しかし東大合格までには至らず、今後は本来のテーマであるAIの応用研究に専念することになりました。

全体としては、数学を除く国語や英語での得点が伸びず、今後の成績アップも困難ということで、東大受験を凍結することになりました。

一方、世界的に見ればAIの進歩は、大変なスピードで進んでいます。スマートフォン(スマホ)による音声認識でのネット検索が、もう身近な存在であることからもわかると思います。

また、今後10~20年間で、日本の総雇用者の49%の仕事がAIに置き換えられるという研究報告もあります。確かに単なる知識だけならば、人間よりもAIのほうが各段に優れていることは間違いありません。

では、そんな時代に、人間にはどんな能力が求められるのか。言い換えれば、AIが普及した時代において、どんな人間が活躍できるのでしょうか。そのヒントが東ロボくんにありそうです。

これからの子たちに必要なのは「読解力」

出版されている教科書や参考書のデータを学習した東ロボくんは、知識を問う問題には圧倒的な強さを見せました。しかし数学を除く記述式問題では、文章の意味を理解したうえで解答するような問題で思うような成果が得られませんでした。

文章の意味を問う問題を解くには、文章にはない部分での常識や価値観をベースにした「読解力」が必要になるのに対して、東ロボくんは文章の統計的処理しかできなかったからです。つまり、これからの時代を生きる子どもたちに必要なのは、読解力だといえます。
ただし、ここでいう読解力とは「作者の気持ちを答えろ」という種類のものではなく、知識や体験・価値観に基づき、論理的思考力・判断力などを使って物事を読み解く力のことです。

その意味で、知識の習得だけでなく、論理的思考力・判断力・表現力などの育成を柱とする学習指導要領の改訂や、大学入試センター試験に替わる新テストでの記述式問題の導入といった大学入試改革などの現在の教育改革は、AIが普及した時代を生きる子どもたちを育てることを目指したものともいえます。

「単なる知識の多寡を競う時代は終わった」と言われても、目の前の大学受験などを考えると、なかなか受け入れることは難しいかもしれません。しかし東ロボくんの「進路変更」は、これからの時代にどんな力が必要なのかを、逆説的に明らかにしたともいえるのではないでしょうか。

※NII人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」/センター試験模試6科目で偏差値50以上
http://www.nii.ac.jp/news/2016/1114/

(筆者:斎藤剛史)

プロフィール


斎藤剛史

1958年茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に入社、教育行政取材班チーフ、「週刊教育資料」編集部長などを経て、1998年よりフリー。現在、「内外教育」(時事通信社)、「月刊高校教育」(学事出版)など教育雑誌を中心に取材・執筆活動中。

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