ロンドンでの日々~夫の海外転勤と娘とわたし【第20回】突然の帰任命令

この連載では、ある共働き家庭の海外転勤前後の様子を具体的にご紹介します。前回は1年間のロンドン生活での娘の変化についてお伝えしました。今回は、突然やってきた帰任命令についてお伝えします。



夫の転勤で始まったロンドン生活。夫は2度目、高校生の娘と私には初めてのロンドンでの冬を迎えました。日本と違い、ロンドンは夏の終わりからどんどん日が短くなり、夕方4時には真っ暗になります。以前にこちらに住んでいた友人からは「秋と冬は夜が長くて憂うつだよ」と脅かされていましたが、秋は紅葉が美しく、冬になるとクリスマスに向けて街がにぎわい、退屈することはありません。「ロンドンに飽きた者は人生に飽きた者だ(When a man is tired of London, he is tired of life.)」という言葉があるそうですが、本当に魅力に満ちた街で、このまま一生住んでもいいと思うくらいです。

ところが、年末も近付いたある日、帰宅した夫から意外な言葉が……。
「来年春から東京勤務に戻ることになりそうだ」
「ええーー!!」
当初の話では夫の任期は3~5年だったはず。夫は私たちよりも半年以上早く赴任していたので、実質2年弱で駐在終了ということになります。確かに夫からは、任期は流動的で2年くらいで日本に戻ることになるかもしれない、とは言われていましたが……。夫の後追いでロンドンに来た娘と私にとってはちょうど1年間でロンドン生活が終わることになります。

驚いたのはもちろんですが、私も娘もこちらの生活に慣れ、楽しんでいたのでがっかりしたのが正直なところです。しかし、まわりの駐在家族の友達と話していると、これはよくある話のようで、私たちとほぼ同じ時期にロンドンに家族で赴任した友人一家も任期が短縮され、私たち家族と同時期での帰国が決まりました。また、別の友人はロンドンから日本に戻ることなく、別のヨーロッパの国に転勤に……。駐在生活は出会いと別れの繰り返し、と聞いていましたが、まさにそのとおりです。

しかし、感傷に浸っている暇はありません。来年春から日本に戻るなら、まずは娘の通う学校を決めなければなりません。また、ロンドンから日本への引っ越しや、これに関連したさまざまな手続きなど、やるべきことが山積みです。夫は日本を出るとき同様、転勤前の引き継ぎや帰国後の新たな担当業務の打ち合わせで引っ越しまで多忙を極めるため、今回も私がほぼすべてやることになります。何より、まずは娘にこのことを伝えなければなりません。

娘は、日本では中高一貫校に通っていたので、今回のことがなければ大学入試まで入試はないはずでした。ですが、こちらに来ることになって高校入試を受け、またこれから帰国するために日本の学校への転入試験を受けなければなりません。日本を離れることを渋っていた娘を説得してこちらに来た経緯もあり(第2回第5回)、ちょうど1年で帰国することになると話したら、「だったら、こっちに来なかったらよかったじゃない!」と怒り出すかも……と、恐る恐る娘に話を切り出しました。

娘はひたすら驚いていましたが、「私も日本に帰れるのはうれしい!」と言いました。やっぱり日本が恋しかったのか……と思いましたが、続けて「でも、ロンドンも大好きだから、寂しいな」と一言。日本以外には住みたくないと渡英を渋っていた娘からこのような言葉が出るとは思っていなかったので、こちらが驚いてしまいました。「だって、ロンドンは本当にステキな街だし、親切な人も多くて、東京よりも人や街のムードがゆったりしている。こっちの学校の友達と別れるのも寂しいし……でも、やっぱり日本の学校や友達が好きだから帰れるのはうれしい。また入試を受けるのは嫌だけれど」とのこと。

私は「結果的に1年間だけの海外生活のために、いろいろ負担をかけてごめんね」と言いましたが、娘は「大変だったけれど、なかなかできない経験ができてよかった。外国に住むのは嫌だったけれど、住んでみたら楽しかったよ」と言ってくれました。私自身も、長年続けてきた仕事を辞めてこちらに来たわけですが、それ以上の価値はあったと思っていました。しかし、娘はどうなんだろう……と心配していただけに、ほっとしたような、娘の成長を感じてうれしいような気分で胸がいっぱいになりました。

その後、夫の帰国日程が4月下旬に決まりましたが、娘と私は日本の新学期に合わせて3月下旬に本帰国することにしました。しかし、娘の転入試験はその2週間前。日本で受験しなければならないため、本帰国前に3泊4日の弾丸一時帰国! 娘はロンドンから長距離フライトで夜に日本に到着し、時差ボケも残る中、翌日早朝からの転入試験を受けるというハードスケジュールを乗り切り、無事合格しました。娘のいる場所が確保できて、娘自身はもちろん私もやっと本当に帰国する実感が出てきました。

娘の転入先は、日本にいたころに通っていたもとの学校なので、1年間のブランクはあっても友人もおり安心ですが、それでも受験のためのロンドンと日本の往復はもちろん、その前の学校手続きなどを海外から行うのは大変でした。ですが、我が家とは違い、転入先となる学校のめどがないまま帰国が決まった場合は、海外に住んでいる状態で日本の学校探しなどを一から始めなければならず、親子ともにさらに大変なようです。子どもがいる家庭の海外転勤は、子どもの教育が本当に大きな課題で、子どもの年齢や状況によって赴任前・帰国後ともに学校の選択肢がまったく違ってくることを実感しています。

次回は、日本への引っ越し、そして帰国についてお伝えします。


プロフィール



大学卒業後、約25年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育研究開発センター(現・ベネッセ教育総合研究所)で子育て・教育に関する調査研究等を担当し、2012(平成24)年12月退職。現在は夫、娘と3人でロンドン在住。

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