小林十市さん(ダンサー・俳優)が語る、「夢を育てる」ということ【前編】

世界的なバレエダンサーとして活躍、現在は俳優・バレエ指導者としても活動の場を広げている小林十市さん。祖父は人間国宝の故・5代目柳家小さん師匠、弟は落語家の柳家花緑(かろく)さんという噺(はなし)家一家に生まれ、現在はフランス人の奥さまとの間に生まれた、8歳のお嬢さんのパパでもあります。今年4月、離れていた家族とともに暮らすため、悩みつつもフランス移住を決意されました。
ご自身が家族や師に育てられた経験もまじえ、「子どもの夢をどう育てるか」について伺いました。



母の眼、祖父の背中

──ご自身の子ども時代について伺います。お母さまのすすめで、十市さんはバレエ、弟の花緑さんは落語の道へ進まれたとのことですね。

そうなんです。母は、僕が小さいころ父と離婚していて、8歳のときに弟の花緑と3人で祖父のもとへ移り住みました。ですから、祖父は父がわりでしたね。
僕はいつも壁や木によじ登って悪さをしているような子どもで、体力が有り余っていましたから、母は自分も好きだったバレエを習わせようと考えたようです。花緑はおとなしくて、家で絵を描いたりするのが好きでした。母は、祖父の後継者を育てたいという思いが強かったけれど、落語は僕より花緑のほうが向いていると判断した。それがみごとに当たったんですね。
まあ、母の見通しがすべて正しかったというわけではありません。僕はピアノも習っていたけれど、早い時期にやめてしまった。わざと目を真っ赤になるまでこすって、目がかゆくて楽譜が読めないなどと言って練習をサボったり(笑)。でもバレエをやめようとは一度も思いませんでした。踊りが好きで好きで、続けているうちに結果がついてきたという感じです。

──お祖父さまについて、印象に残っていることはありますか。

なにか絶対的な存在でしたね。うちは悪いことすると、基本的に土下座なんです(笑)。祖父の前で黙って手をついて頭を下げる。怖かったなあ。でも、それですべてがすむ。細かいことは一切言わない人でした。ただし、祖父の姿をそばで見ていて、芸の世界の厳しさは肌で感じていたと思います。芸人は舞台がすべて。「芸人は親の死に目に会えない」といった話も、しょっちゅう聞かされていましたし。



夢をかなえるための「修業」!

──17歳でNYのバレエスクールに留学されますね。10代での海外、大変なことも多かったのでは?

いえ、全然(笑)! 一日4レッスン受けて朝から晩まで踊りづめ、夜はバレエやブロードウェーの舞台を見まくりました。ダンスの勉強にはお金を使って良い。それ以外のことには無駄遣いするなと母に言われていたので。本当に恵まれた環境でしたが、当時の僕には親の期待に応えようという考えもなく、ただただ、踊ることが楽しくてしょうがなかった。今考えれば、母も祖父も、基本的に子どもを信用してくれていたと思います。それがいかに難しいか、自分が親になってわかってきましたね。

──今、海外留学を望む若いダンサーには、どのようなアドバイスをされていますか。

まず、「どんなダンサーになりたいの?」と聞きます。自分なりのビジョンを持てたら、それを実現するために必要なことをすべてやるのみです。理屈をつけてなかなか始めない子には、まずやってみようねって。できることを全部やってみて、自分の限界がわかるだけでも良い。限界が見えたら、もう一度その限界のところまでいって、さらに一歩踏み込んでごらんと。そうすると強くなれるから。そう、カンフー映画と同じで、修業しかない(笑)。修業の先に見えてくるものって、必ずあると思います。語学が不安だという子には、「踊っていれば大丈夫だよ」と言ってあげます。バレエの動きは世界共通ですから、言葉ができなくてもなんとかなるものなんですよ。



「追求し続ける」ということ

稽古場で華麗なジャンプを見せる小林さん

──20歳で、世界的な振付家、モーリス・ベジャール氏が率いるスイスのベジャール・バレエ団に入団されます。ベジャール氏の指導はどのようなものだったのでしょうか。

ベジャールさんは、本当に舞台のために生きている人でした。まるでダンサーと何気ない会話を交わすように、ステップを生み出していく。生活のすべてが作品につながっていくんですね。彼と共有した時間そのものが、今の僕をつくっていると思います。ベジャールさんの教えは「つねに考えていなさい」「追求し続けなさい」ということでした。そんな彼のもとには、「踊りとは? 人生そのものです」と即答できるようなダンサーが集まっていました。僕もそうだった。ですから、2003(平成15)年、腰の故障でバレエ団を退団せざるを得なくなったときは、目の前が真っ白になりましたね。

次回は、引き続き小林十市さんに、ご自身の腰の故障という挫折の先に見えたものと、父としてご家族と自分のために行った選択、子どもの夢をいかに育てるかについて伺います。


プロフィール


小林十市さん

ダンサー、俳優。1989(平成元)年にベジャール・バレエ・ローザンヌに入団し、ソリストとして活躍。脊椎(せきつい)の故障のため、2003(平成15)年退団。現在は俳優・指導者として活躍の場を広げている。

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