「10歳の壁」ってどんなもの? どんな根拠に基づいているの?【前編】

「10歳までに勉強させないと手遅れになる!」といった話を聞いて焦りを感じたことがあるかたもいるのでは。しかし、しばしば耳にする「10歳(9歳)の壁」は、どのような根拠に基づいて語られているのでしょうか。発達心理学が専門で、『子どもの「10歳の壁」とは何か?』の著書がある法政大学文学部心理学科の渡辺弥生教授にお話を伺いました。


「10歳」までの教育が子どもの将来を決める?

 小学生のお子さまのいる保護者でしたら、「10歳の壁」という言葉を耳にしたことがあるかたも多いでしょう。10歳ではなく、9歳の場合もありますが、いずれも教育関連の書籍や雑誌などで「この時期までに勉強や運動をしておかないと手遅れになる」などと、いわゆる早期教育を促す文脈で使われることが多いフレーズです。

 

保護者からすると、9歳や10歳といった具体的な年齢が提示されていることもあり、よくわからないけれど、「手遅れにならないように勉強をさせなければ」といった焦りを感じられるかもしれません。10歳を過ぎたお子さまの保護者の中には、「もっと早く対策をしておくべきだった」といった後悔の念を抱かれるかたもいらっしゃるでしょう。

 

 

「10歳の壁」に科学的な根拠はないのか!?

 しかし、「10歳の壁」には、本当に科学的な根拠があるのでしょうか。生まれてからお墓に入るまでの人の心の発達を研究する発達心理学者として関心をもち、「10歳の壁」が取り上げられているさまざまな出版物を調べてみました。学力に関しては、例えば、「東大に入るためには10歳までに勉強好きにする必要がある」と主張するものなどがありましたが、「なぜ10歳か」という肝心の根拠について脳科学などの観点から明確に提示するものは一切見られませんでした。さらに脳科学や医学に関する最新の研究成果を調べても、現時点で「10歳の壁」の根拠といえるものは存在しないことがわかりました。

 

また運動に関して、運動神経は10歳までに一番伸びることを指摘したうえで、神経回路の95%は10歳までに完成するという研究成果を引用する雑誌記事もありました。一見、説得力がありますが、ここには大きな落とし穴があります。10歳までに神経回路の大半ができあがることが事実としても、どういうメニューの運動をどれくらいすれば、神経の発達に効果的であるかは必ずしも解明されていないのです。適度な運動が健康的であることは経験的にわかりますが、神経を十分に発達させるためにはそれだけでよいのか、あるいはもっとハードな運動が必要なのかといったことはわかっていません。

 

 

10歳は「壁」ではなく、「飛躍」の時期

 とはいえ、全く何もないところから、「10歳の壁」という考え方がわき出てきたわけでもなさそうです。以前から教育現場では、9歳や10歳頃から学習面などでつまずきやすいことが指摘されてきました。その原因と考えられることについてはあとで詳しく説明します。また、一般には知られていませんが、ろう教育をはじめとした障がい児教育の世界では、1960年代から9歳に壁があることが議論の的となってきました。まとめると、脳科学などの科学的な裏付けはないものの、教育現場の声や障害児教育における課題などが重なり合い、「10歳の壁」という言葉が作り出されたのかもしれません。

 

ここまで読んで『それなら「10歳の壁」は気にする必要がないのか』と考えたかたもいるかもしれませんが、私の考えは異なります。発達心理学の観点では、子どもは生まれた瞬間から連続的に成長していますから、この時期に突然「壁」が現れるというイメージはもっていません。しかし、10歳前後は、ちょうど子どもから大人へと移り変わる非常に重要な心の変化が起こる時期です。

 

それゆえにつまずきが起こりやすいのですが、逆に言うと保護者や教師など周囲の大人の適切なサポートによって、大きな「飛躍」を見せてくれる時期でもあります。「10歳の壁」はネガティブな意味合いで使われることが多い言葉ですが、私はこの時期の子どもは非常に面白い存在ととらえています。保護者のかたも10歳前後の内面に起こる変化を深く理解し、お子さまの成長を楽しみながらサポートをしていただきたいと願っています。

 

 

プロフィール

渡辺弥生

渡辺弥生

法政大学文学部教授。専門は、発達心理学・発達臨床心理学・学校心理学等。研究活動に加えて、育児不安の保護者のカウンセリングや家庭教育講座などの講師も務める。著書に『子どもの「10歳の壁」とは何か?』(光文社)、『中1ギャップを乗り越える方法』(宝島社)などがある。

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