2020/07/02
【学び場ラボ】これからの授業を考えるための模擬授業「社会科」編 子どもの主体性を引き出す学びとは ゲーミフィケーション×社会科×金融教育
現役教員をはじめとした教育実践者たちが挑戦する、新しい「学びの場」づくり。
こだわりは、話だけでは終わらせず、「模擬授業」など、実験的なアウトプットから議論をすること。あなたも、この実験に参加しませんか?
こだわりは、話だけでは終わらせず、「模擬授業」など、実験的なアウトプットから議論をすること。あなたも、この実験に参加しませんか?
授業にはなかなか集中しないのに、ゲームには夢中になって取り組む生徒がいるのはなぜか。そうした疑問から自身の授業を見つめた東京都の公立中学校に勤務する田中歓先生は、ゲームの要素や考え方をゲーム以外の領域にも応用する「ゲーミフィケーション」を取り入れた授業を、中学3年生の社会科で実施。それを体感する模擬授業を、2020年5月に開催した。新型コロナウイルス感染症の影響で、「学び場ラボ」では初となるオンラインでの実施となり、全国から20人以上が参加。子どもの主体性を引き出す、オンライン授業の工夫についても情報交換が行われた。
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1.「なぜ生徒はゲームに夢中になるのか?」が出発点
東京都の公立中学校で社会科教員を務める田中歓先生は、探究学習やPBLに関心を持ち、生徒が主体的に学ぶ授業づくりに取り組んでいる。その一つの視点として着目したのが、「ゲーム」だ。
「生徒たちが夢中になるゲームの魅力は何だろう?」という好奇心から、生徒を勉強にも夢中にさせるヒントを見つけるため、田中先生はゲームの魅力を探った。その過程で出合ったのが、「ゲーミフィケーション」だ。関連する書籍を読み、ゲームの要素をゲーム以外の領域にも応用するといった考え方があることを知った。
「ゲームは目標が明確で、その達成に向けてPDCAサイクルを回していきます。授業にもよい意味でゲームの要素を取り入れれば、生徒が自ら学ぼうとするのではないかと考えました」(田中先生)
そこで、3年生の社会科の授業で、「お金を稼ぐゲーム」を行った。これは、紙を切ってつくったお札をお金とし、それで株式を購入するなどして、所持金を増やし、最終的に最も所持金の多い会社が優勝というゲームだ。4〜5人で一つの会社をつくり、1クラス9社で競い合った。
「このゲームは、経済の単元の導入で実施しました。『お金を得る』という体験に没頭することで、興味を持って社会での経済活動に関する学習を進められるようにしたい、といったねらいがありました」(田中先生)
2.参加者も夢中になって勝利を目指す
「学び場ラボ」の模擬授業でも、参加者に実際の授業と同じ体験をしてもらおうと、生徒に行った説明と同じ程度のルール説明をした後、すぐにゲームを開始した。なお、今回の模擬授業は、オンラインでの実施となったため、授業で行ったゲームとはルールを一部変更した。
「お金を稼ぐゲーム オンライン版」概要
◎ゲームの進め方
①4人1組で会社を結成。社長、秘書、経理、平社員と役割を決める。
②社長は、資本金100万円を受け取り、[仕事カードA〜H]の中から1枚を購入する。
③仕事カードに書かれた条件を満たす情報をつくり、一つ10万円で販売することで売上金を得る。
④売上金を元に、3社の株の購入が可能。株価や配当金は会社によって異なり、株価は5分おきに変動。
⑤制限時間は30分で、最も所持金が多い会社の勝利。
②社長は、資本金100万円を受け取り、[仕事カードA〜H]の中から1枚を購入する。
③仕事カードに書かれた条件を満たす情報をつくり、一つ10万円で販売することで売上金を得る。
④売上金を元に、3社の株の購入が可能。株価や配当金は会社によって異なり、株価は5分おきに変動。
⑤制限時間は30分で、最も所持金が多い会社の勝利。
◎禁止事項
①借金はできない。
②仕事カードを販売する先生のもと(Zoomの場合、メインルーム)には、各社1名しか来られない。
②仕事カードを販売する先生のもと(Zoomの場合、メインルーム)には、各社1名しか来られない。
◎活用ツール オンライン会議システム「Zoom」
ブレイクアウトルームを活用。会社内の話し合いはブレイクアウトルームで、情報の販売や株の売買はメインルームで行うこととした。
※ゲームの説明が書かれたガイダンスシートを配布し、参照できるようにした。
※ゲームの説明が書かれたガイダンスシートを配布し、参照できるようにした。
参加者を4人ずつに振り分けて、全部で5社を結成。ゲームの説明が終わると、会社ごとにブレイクアウトルームに分かれて、まず役割を分担。社長がメインルームで「仕事カード」を購入している間、メンバーが自己紹介をし、ゲームの進め方を確認した。そして、メインルームから社長が「仕事カード」を持ち帰り、商品となる情報の条件を伝えると、ゲームが始まった。
「仕事カード」に書かれていた条件は、「駅・空港の名前」「デートスポットの候補」「歌の名前・歌手の名前」などだった。
ゲームのルールを飲み込めていない人、Zoomの利用が初めてで使い方が分からない人など、戸惑う参加者もいたが、各社とも理解している人が周りをリード。そうした事態を田中先生も想定したが、中学生でも同程度のルール説明で授業が成立した経験から、「とりあえずやってみましょう。やってみないと分からないですから」と背中を押し、各社は動き出していった。
「仕事カード」の条件に合う情報のつくり方やまとめ方は、思いつくままに書くだけはなく、インターネットで検索したり、チャットで社長に情報を送信してまとめたりと、各社それぞれに工夫していた。また、例えば、「駅・空港の名前」では、それぞれが地元の駅名を書くことで、重複しないようにしていた。
各社とも気にしていたのは、他社の動きだ。「どれくらい情報をつくれば勝てるだろうか」「ほかの会社は、どうやって情報をまとめているのか」といった声がどの会社からも聞かれた。
加えて、株の売買についても、「情報をつくるだけでなく、株を買って配当を得よう」「どのタイミングで買えば、儲かりますかね」と戦略的に考えるなど、より所持金を増やそうという意識が見られた。
そして、30分間はあっという間に終わり、「駅・空港の名前」を売った会社が4000万円あまりを稼ぎ出し、優勝した。
3.フィクションだからこそ、創造性を発揮できる
模擬授業終了後には、東京都小金井市立前原小学校で、児童主体の授業改善を推進している蓑手章吾先生の司会により、田中先生と参加者との質疑応答を中心にリフレクションのセッションが行われた。
まず、蓑手先生が「お金を稼ぐゲーム」を体験した感想を尋ねると、参加者からは「とても集中しました」という声が相次ぎ、自然とゲームにのめり込んでいた様子がうかがえた。蓑手先生は、今日の模擬授業でもほかのオンラインツールを活用して情報を共有していた会社や、インターネットで検索をして情報をつくっていた会社があったことを紹介。ルールに則って、勝つために工夫をしていたチームがあったことに、なるほどとうなずく参加者もいた。
すると、実際の授業での生徒の様子に関する質問が相次いだ。田中先生は、授業で行ったゲームと今回のゲームとの相違点を説明した上で、生徒の様子を次のように語った。
「道具や人の貸し借りをしたり、情報の売り買いをしたりと、生徒たちはルールに書かれてないことを編み出して、なんとか儲けようとしていました。最大で7社が一つの会社に合併をしていて、合併なんて授業では学んでいないのに、クリエイティブ性に驚きました」(田中先生)
「参加者の皆さんは、夢中になったからクリエイティビティを発揮する体験ができたのだと思います。ゲームというフィクションの中だからこそ、だまされることも許せますし、想像力と創造性を発揮しやすいのであり、そこにゲーミフィケーションの力があると感じました」(蓑手先生)
4. 大切なのは、ゲームとしての面白さと教科としての指導のバランス
次に挙がった意見は、どの学習段階でゲームを行うかだ。田中先生は、単元の導入時を想定し、経済活動に没頭できることを優先してこのゲームを行った。すると、中学3年生の社会科の授業であることを踏まえると、貨幣の三大機能などに触れた上でゲームを行ってもよいのではないかという意見もあった。
「例えば、導入時に行うことが考えられます。ゲームに取り組むうちに生徒間に共通の文化ができます。その後の授業展開では、ゲームの一場面を想起することで、共通に振り返ることができ、学びが深まります。ゲーム性と教科として指導することの配分には正解はないと思っています。学習段階とねらい、習得させたいことのバランスは、目的に応じてパターンがあった方がよいと思います」(蓑手先生)
実際に、その後の授業では、経済の単元に限らず、SDGsをテーマとした学習でも経済の動きをゲームでの経験を引き合いにして話し合っている生徒がいたと、田中先生は振り返る。
参加者は、オンライン授業への関心も高く、今後も臨時休業が起きることを想定して、オンライン授業で実施する際の工夫についても意見が挙がった。
「対面授業でその場にいれば参加していた生徒でも、オンライン授業では参加しないことが考えられます。参加したくなるしかけも必要ですね」
「逆に、声に出して発言しなくても、チャット機能を使えば意見を述べられるという利点もあります。発言が苦手な生徒にとっては、オンライン授業であれば参加しやすくなります」
「ブロードキャスト機能をうまく使って情報を流せば、メディアの役割にも気づかせることができるのでは?」
「ゲームの運営を教員1人で行うと負担が大きいので、生徒に協力係を設けてはどうでしょう」
「逆に、声に出して発言しなくても、チャット機能を使えば意見を述べられるという利点もあります。発言が苦手な生徒にとっては、オンライン授業であれば参加しやすくなります」
「ブロードキャスト機能をうまく使って情報を流せば、メディアの役割にも気づかせることができるのでは?」
「ゲームの運営を教員1人で行うと負担が大きいので、生徒に協力係を設けてはどうでしょう」
そのように、議論は尽きず、参加者はそれぞれに自分の授業改善に生かせる気づきを得ていた。
最後に田中先生は、次のように振り返った。
「授業後に生徒に行ったアンケートでは、『経済の本質を学びました!』と絶賛する声もあれば、『ただの遊びなのでは?』という意見もあり、生徒の反応は様々でした。今日、参加者の方から様々な意見を聞いて、ゲーミフィケーションとオンライン授業の可能性を感じました。学びと遊びのバランスを課題として、さらに進化させたいと思います」(田中先生)
プロフィール
田中 歓
教職を目指して、東京学芸大学教職大学院に進学。研究テーマの道徳教育だけでなく、ファシリテーションやオルタナティブ教育に関心を抱く。在学中にオランダを訪れてイエナプラン校を見学し、日本の学校との違いに衝撃を受ける。 2017年4月から東京都小金井市立緑中学校に勤務。今年で4年目。1学年担任を務める。「新聞やニュースをよりよく読める(観れる)生徒を育てる」ことをテーマに授業研究に励む。蓑手 章吾
教員14年目。専門教科は国語で、教師道場修了。特別活動や生活科・総合的な学習の時間についても専門的に学ぶ。特別支援学校でのインクルーシブ教育や、発達の系統性、学習心理学に関心をもち、教鞭を持つ傍ら大学院にも通う。特別支援2種免許を所有。ICT活用に関しても高い関心があり、多くのセミナーや勉強会に参加。ICT CONNECT21が主催する「先生発!最新のICT技術で教育現場を変えるハッカソン」ではグランプリを受賞。現任校ではICTプロジェクト主任も務める。 現在「教育の鉄人」こと杉渕鉄良氏主宰のユニット授業研究会に所属。その他、多種多様なセミナーや研修会、文献などからも学力向上について理解を深めている。 セミナー登壇経験多数。共著に『全員参加の全力教室2』『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』などがある。https://ict-enews.net/2017/10/27maehara-2/
https://edtechzine.jp/article/detail/1420