杉山愛さんが語る、母とテニスから学んだ「自立する力」

17歳でプロ入り。その後、グランドスラム(世界四大大会)ダブルスで4度優勝、五輪にも4度出場するなど、17年間にわたり日本テニス界のエースとして、世界で活躍してきた杉山愛さん。幼いころから世界を見すえていたという杉山さんに、スポーツから得た力について伺った。

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●7歳で決めた「世界への道」と母の問いかけ

 

4歳でテニスを始めた私が7歳で入校したテニスアカデミーは、プロをめざすエリートが集まる場所でした。その環境の中、必然的に、海外で活躍するプロテニスプレーヤーになると決めていました。

 

テニスに打ち込めたのは母の力に寄るところが大きかったのですが、母に何かを強要されたことはないんです。代わりに幼稚園時代から、「あなたはどうしたいの?」「どう考える?」と問いかけられていました。けれども、自分で決めるのはエネルギーがいるので、中学生のころは、「ママが決めてよ!」とも思いましたね。

 

母は私が生まれた時から、「この子は社会からの預かりもの。社会にかえす日まで、成長を見守りながら私も一緒に育っていこう」と考えていたそうです。常に私の主体性を尊重し、やりたいことは挑戦させてくれましたが、「中途半端で投げ出さない」という約束事もしていました。「自由には責任がある」という原則を、幼いころからたたき込まれていた気がします。

 

●25歳で迎えた人生初のスランプ

 

17歳でプロになり、世界を転戦する生活は刺激的で、ランキングもどんどん上がりました。しかし、25歳で人生初にして最大のスランプに陥ったのです。ボールの打ち方もわからなくなるほどで、日本にいる母に電話し、テニスをやめたいと泣き付きました。

 

「やるべきことは全部やったの?」と問われましたが、私には何をどうしたらよいのかが見えません。その時、「私には見えるわ」と言ってくれた母をコーチに迎えました。私に足りなかったのは精神的な成長。母は、私の主体的な変化と成長を支えてくれたのです。

 

出典:杉山愛さん(元テニスプレイヤー)が語る、「人間力」を育むスポーツの力【前編】~「子どもは社会からの預かりもの」自立を促した母の問いかけ~ -ベネッセ教育情報サイト

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