津田塾大学学芸学部 国際関係学科多文化・国際協力コース(1) 自分のテーマを、自分の言葉で語れる--大学でそんな力を付け、世界の舞台へ[大学研究室訪問]


日本が転換期を迎えた今、大学もまた大きく変わりつつあります。そんな時代に、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。答えを求めて、さまざまな大学の研究室を訪問します。国際社会で起こるさまざまな課題を乗り越え、活躍できる人材の育成に取り組む、津田塾大学の三砂(みさご)ちづる教授の研究室です。



■国際社会の課題に立ち向かうため、「研究の作法」を指導

津田塾大学の多文化・国際協力コースは、国際社会のさまざまな課題と向き合い、世界の人たちと力を合わせて活躍できる女性を育てるため、2003年に国際学科と英文学科の学科横断コースとしてつくられました。私は、コースの3つのユニットの1つ「国際ウェルネス」ゼミを担当しています。「ウェルネス」とは、体はもちろん人間関係や経済状態など、人間があらゆる意味で健康な、よりよい状態にあることです。「国際ウェルネス」とは津田塾の造語です。ゼミは、戦争や貧困などを抱える国際社会で、人々がよりよく生きるとはどういうことかを考えるために設置されました。

私の専門は「疫学」です。疫病(感染症)の研究と思われがちですが、それに限らず生活習慣病など健康全般について、地域や国などの集団という視点から研究する学問です。私は疫学の中でも特に母子保健が専門で、発展途上国で研究を行ってきました。津田塾の学生に教えているのは専門知識ではなく、むしろ「研究の作法」です。国際社会の課題の解決には、現地に足を運んで調査するフィールドワークの手法も大切です。私自身、フィールドワークや疫学の方法を通じて、国境を越えて研究を重ねました。その経験を生かして課題について調べ、解決していく道筋を学生たちに教えている、といえます。



津田塾大学多文化・国際協力コースの概要。3つのユニットに分かれて知識やフィールドワークの方法などを学び、キャンパスの外で調査して、卒論をまとめる。



■大学は、自分のテーマを見つけ、自分の言葉で語ることを学ぶ最後の場所

多文化・国際協力コースのカリキュラムは2年生から始まります。英語をしっかり身に付け、フィールドワークの方法を学び、自分のテーマを見つけ、キャンパスを飛び出して国内外で調査し、卒論にまとめます。その道筋でいちばん大切なのが、「自分のテーマ」を見つけることです。全体の9割はテーマ探しだといえます。「世界の舞台で活躍したい」という思いがいくら強くても、そもそも何をしたいかがはっきりしなければ、世界に出たところで何もできません。自分のテーマを見つけ、自分の言葉で考え、語れるようになる。それ以外に、国際的な人になる道筋はないのです。

自分の言葉で語ることは、国際的であるかどうかにかかわらず、企業で働くにせよ、公務員になるにせよ、同じように大切です。自分のテーマを見つけ、調べ、自分の考えを、借り物ではない、自分自身の言葉で紡いでいくことは「よりよく生きていく」ことそのものです。そのためには、高校までのような、上から与えられたことを学ぶ勉強だけでは十分とはいえません。大学は、自分自身を見つめ直し、自分のテーマを見つけ、自分の言葉で語ることを学ぶところです。大学の役割はそこにこそあると思いますし、そのための最後の場所だと考え、学生たちと向き合っています。



■自分のテーマは、自分で見つけるしかない。見つけられるまで、私はいつまでも待ちます

テーマを見つけるために学生たちが集まる、「ラウンドテーブル」という授業で、まずは一人ひとり、自分の人生を振り返ってもらいます。趣味、スポーツ、本、好きな食べ物、感動したことなどから始まって、自らのことを語る中から、自分のテーマを見つけるのです。なかなか見つけられなくても、「あなたはこれにしなさい」と指示することはありません。冷たいようですが、自分のテーマは、自分で見つけるしかないのです。「私にはテーマなんてない」と言う学生もいます。しかし、誰でも自分の中にテーマが潜んでいると確信しています。だから、見つけられるまで、いつまでも待ちます。

テーマを見つけてからは、私たち教員も仲間の学生たちも、助け合って研究を進めます。私の専門である母子保健とはまったく違うテーマの学生がほとんどですが、一緒に考え、そのテーマに関する具体的な課題や研究方法を設定し、時には適切な先生を紹介しながら、卒論をまとめ、ゼミの一員として卒業してもらいます。卒業後、国際的な仕事に就いても就かなくてもかまわないと思っています。大切なのは、学生時代にこのゼミで自分のテーマを見つけ、研究をした経験が、それからの人生につながっていることです。その道がいつか世界の舞台へとつながることも、十分に考えられるのですから。


卒業生に聞きました!

川端桂さん(2011年卒業、総合人材サービス会社勤務)

「あなたはそのままですばらしい」三砂先生の言葉に、私たちの中にあるテーマが引き出された

私の卒論のテーマは、「人はなぜ国際協力に向かうのか」でした。実際に国際協力に携わる人たちに、なぜ身近な日本ではなく世界を舞台に選び、その経験を通じてその人自身がどう変化したかなどを伺って、卒論にまとめました。卒業後は、人材コーディネーターとして派遣スタッフの方々にお仕事のご紹介をしています。風通しよく、さまざまなことにチャレンジできる環境で、2年間、全力で働き、仕事の基礎を学べました。その経験を生かして、今年9月からは、以前からの夢だった青年海外協力隊としてアフリカのモザンビークに行き、子どもたちの施設で活動をしてきます。まだ見ぬ地での出会いにわくわくしています。

今の私があるのは三砂先生のおかげです。テーマを決めるために自分と向き合う時、先生は、「あなたはそのままですばらしいのよ」とおっしゃりながら、一人ひとりの中にあるテーマを引き出してくださいました。私以外にも、卒論のテーマが自分の人生のテーマになっているメンバーがたくさんいます。ゼミ生全員のテーマを相手の気持ちに寄り添って考えることで培った共感力や、「人間はどんな悲しみの中でも世界との関わりの中で希望を見つけ、世の中をよりよくしてきた」という三砂先生の教えは、仕事の支えになっています。卒業直前、歴史家の渡辺京二先生とゼミ生との勉強会で(※)、渡辺先生から、「あなたがたは三砂ゼミに入られたことで、知の扉が開き、知の世界に入ったんですよ」との言葉をいただき、そのとおりだと思いました。「本当に幸せなゼミに入ったなあ」と思います。

高校生の時、私は国際ボランティアでベトナムの孤児院を訪れました。機会をくれたのは母です。当時、私は思春期まっただ中で少し荒れていました。母は恐らく心配だったと思いますが、厳しく叱られることもなく、「行ってくれば?」とすすめてくれました。私は幼いころから国際協力やボランティアに興味があったので、何かのきっかけになれば、と考えてくれたのでしょう。そして、私はそのボランティアを通じて目標をはっきりと持ち、三砂ゼミに行きたいと思い、勉強に身が入るようになりました。入学後も目標を見失わず、同志と共に学びを深め、最高のキャンパスライフを送ることができました。これもあの時、母が背中を押してくれたおかげだと、感謝しています。

※三砂ゼミの学生たちと歴史家の渡辺京二氏との勉強会は、『女子学生、渡辺京二に会いに行く』(亜紀書房 税込1680円)という本にまとめられています。

プロフィール



京都薬科大学卒業。専門は疫学、母子保健。ロンドン大学衛生熱帯医学院研究員やJICA疫学専門家として約15年間、疫学研究や国際協力活動に従事。国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)勤務を経て現職。著書に『不機嫌な夫婦』(朝日新書)など。

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