豊島美術館 朝の特別鑑賞プログラムで自然や天候の変化を体験できる【直島アート便り】
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アート、建築、自然の一体を目指してつくられた豊島美術館。作品空間には柱が1本もなく、2つの開口部から入ってくる光や風、雨など、自然のありのままを受け入れます。空間内部では水が生まれ、一日をかけて「泉」が誕生します。「豊島美術館 朝の特別鑑賞プログラム」では、美術館の一日が始まる瞬間・最初の水が生まれる一瞬に特別に立ち会うことができます。今回は2021年3月に行われたプログラムの様子を紹介します。
豊島美術館があるところ
豊島美術館は、瀬戸内海に浮かぶ豊島にあります。島の中央にある檀山に降った雨水は「唐櫃の清水」と呼ばれる水場へとつながり、島の人々の生活を潤してきました。瀬戸内は雨が少ない地域ですが、豊島は湧水に恵まれ、農業や酪農が盛んで、島の名前の通り「豊かな島」であると言えます。
豊島美術館 写真:鈴木研一
豊島美術館を建設するにあたり、アート、建築、自然の一体化という構想から、休耕田となっていた周囲の棚田の風景の再生に取り組みました。美術館ができる1年ほど前より、地域住民と土庄町、豊島美術館を運営する福武財団は、かつての食の豊かさと美しい景観を取り戻そうと棚田の再生を始め、約250枚に及ぶ田畑を蘇らせました。また、美術館の敷地内には豊島の風景に合う植物が選ばれており、棚田の風景を眺めながら遊歩道を歩くことで、環境との調和を感じることができます。
美術館の一日が始まる特別な瞬間に立ち会う
アーティスト・内藤礼、建築家・西沢立衛による豊島美術館は、水滴のような形をした建物となっており、床のいたるところから水が生まれ、朝から夕方にかけて「泉」が誕生していきます。
「豊島美術館 朝の特別鑑賞プログラム」では、通常より1時間早い9時から10時までの間を貸し切り、普段は見ることができない最初の水が生まれる瞬間をご覧いただくことができます。
チケットセンターでスタッフからプログラムについて案内を受けた後、参加者はそれぞれアートスペースと呼ばれる作品空間へ進んでいきます。途中、楽しそうな会話が聞こえたり、お子様が早く作品を見たいと小走りになっていたり、どの方も豊島美術館に来館するこの日を楽しみにお越しいただいている様子でした。作品空間まで向かう遊歩道では新しい芽をつけた植物たちが雨に濡れ、これから成長していくことを感じさせる春らしさも見られました。
内藤礼 「母型」2010年 写真:森川昇
作品空間に到着すると、参加者は人の少ない静けさに包まれた朝ならではの空間をゆっくりと歩きながら水のない状態を確認します。この日は雨が降っていたため、2つの開口部から入り込んだ雨粒が開口部下に広がっており、雨粒の動きをじっと見つめる方もいらっしゃいました。また、床面が結露していたこともあり、自然とともにある美術館だと感じられます。参加者は空間を歩いては立ち止まりながら、水が生まれる瞬間を待ちます。
内藤礼 「母型」2010年 写真:森川昇
しばらくすると、床のいたるところから水が生まれ、参加者はその様子を立ち止まって一人でじっと見つめたり、水が生まれるところを指さしてご家族と喜びを共有したり、思い思いにこの瞬間を味わっていました。
内藤礼 「母型」2010年 写真:森川昇
その後は開口部の周りに座って鑑賞される方が多く、生まれてくる水と空間に入り込む雨が一緒になって流れていき、「泉」ができていく様子を静かに見守っていました。この日は雨が強くなったり弱くなったり、常に表情が変わる雨の音が空間に響き渡っていました。また、光や白い霧が入ってくることもあり、外と内とが一つの連なりとなっていることが感じられます。
豊島美術館の水は、敷地内に採掘した井戸の水を使っています。地下から湧き出る水が作品の一部となり、やがて瀬戸内海に流れ込み、蒸発して雲となり、雨となって再び地上に戻ってくるといった、水の循環が日々続いていることにも気づくことができます。
鑑賞を言葉で紡いでいく
本プログラムでは、アートスペースの鑑賞後、美術館カフェにてスタッフによる豊島美術館の成り立ちについての話を聞くことができます。作品のコンセプトや建築の過程、季節による違いなどを知り、この日の豊島美術館での体験を振り返る時間となりました。
今回が初来館であるという女性は「水が生まれてくる様子は生命感があって、そのあと水が流れていく様子がまるで生き物のようでした」と言います。リピーターの女性で「人数が少なかったのでゆっくり見ることができました。以前来た時にスタッフの方から雨の日のことを聞いて雨の日に来たいと思っていました。今回雨の様子を見られて良かったです」と話す方もおり、その女性のお子様も「楽しかった」と笑顔で感想を伝えてくれました。
一日を通して表情が変化する美術館
豊島美術館は再入館が可能で、一日に何度も鑑賞できます。時間によって「泉」の大きさや光の入り方が異なるなど作品の表情に変化があるだけでなく、豊島を周ってからもう一度豊島美術館に訪れると、その作品と向き合った時の心情にも変化があるかもしれません。今回の参加者でも再入館されている方が見られました。朝との作品の見え方の違いや豊島の豊かな自然を通して、自然とともに生きることについて考えるきっかけになったのではないでしょうか。
水のないまっさらな状態から、水が生まれる瞬間に立ち会うことができる「豊島美術館 朝の特別鑑賞プログラム」は、現在月に1回開催しています。豊島美術館で特別な朝の時間を体験してみませんか。
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