いのちの大切さを育む「がん教育」【前編】

現在の日本では、2人に1人ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなると言われています。未来ある子どもたちにがんの正しい知識を教えることは、子どもたちの命を守るために必要不可欠なことになりつつあります。今回は、「がん教育」の第一人者であり、東京大学医学部付属病院 放射線科准教授の中川恵一先生に、「がん教育」について教えていただきます。



日本人とがんの現状

人間の体は、約60兆個の細胞からできています。これら細胞の一部は、毎日分裂と増殖を繰り返しています。各細胞は、細胞の設計図である遺伝子をコピーして増えますが、 中にはコピーミスによって遺伝子の突然変異が起こる場合があります。このコピーミスの結果、突然変異を起こした細胞が、「がん細胞」になります。
遺伝子は、普通に生きているだけで傷んでいくため、高齢になるほど突然変異を起こしやすくなります。また、がん細胞の活動は免疫細胞の働きで抑えることができますが、免疫細胞は年齢とともに衰え、抑止力が弱まっていきます。つまり、がんは高齢になるほどかかりやすいと考えられる病気で、世界一の長寿国である日本は、がんにかかる可能性が高い人が世界一多いということが言えるのです。
現在の日本では、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなるのが現状で、患者数は年々増加しています。でも、先進国の中でがんが増え続けているのは日本だけです。欧米では、正しいがんの知識を子どもたちに教えて、予防や早期発見につなげるための「がん教育」が数年前から始まっています。でも日本ではまだまだです。このことも、がん発症率を増加させる原因の一つになっていると考えられます。



子どもたちに「がん教育」を行う理由

実は、がんは、ちょっとした知識で死亡率を下げることができます。たとえば、がんは生活習慣の改善で防げる可能性が高まります。また現代医学では、がんが治る率は約6割、早期がんなら9割以上が治癒できます。早期に見つけることは重要なことで、そのためには健康な時に検診を受けることが望まれます。欧米では7~8割のかたが検診を受けていますが、日本は2~3割程度です。日本では、がんや検診について学校で習っていないから、このような結果になると思っています。大人になってから自然にがん検診を受けるようになるためには、選挙に行く、税金を払うなどのように、法律で決められたことではなくても命を守る大切なこととして、がん検診も大切な学習の一つとして教え、子どものうちから必要なこととして理解してもらうことが大切でしょう。
でも保健体育の先生方は、がんについて学んでいないはずなので、先生方に「がん教育」を求めるのは難しいと思います。ですから、私は医者やがん体験者が学校に行き、自身の体験を聞かせることが、子どもたちにはとてもよい勉強になると思っています。
がんは、正しい知識を持てば、かかる確率も死亡率も下げることができます。子どもの未来を守るために、「がん教育」にきちんと取り組むことを望んでいます。

次回は、「がん教育」の内容と子どもたちの受け止め方にについてご紹介します。


プロフィール


中川恵一

東京大学医学部卒業後、同学部放射線医学教室入局。東京大学医学部放射線医学教室助教授を経て、同大学医学部附属病院放射線科准教授、緩和ケア診療部長。著書に『がんのひみつ』(朝日出版社)など多数ある。

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