思わぬ誤解、家族間の壁も…育休取得率0%のベンチャー企業で、初めて長期育休を取った34歳男性の話

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令和5年度の男性の育休等取得率は46.2%(※1)。前年の17.1%から大きく数字を伸ばしました。ただし、これはあくまで従業員1,000人超の企業に限った数字。中小企業では、まだまだ男性の育休取得の壁は高いのが現状です。また、男性の育休等取得率が高いほど、平均取得日数が短くなる傾向も指摘されています。

そんななか、男女とも育休取得ゼロのITベンチャーで、初めて、かつ長期の育休を取得したのが岡田純一さん(34歳男性)です。5歳、3歳、7か月の3人のお子さまの父親である岡田さんは現在10か月の育休を取得中。

育休取得第1号としての試行錯誤、意外にも最初は育休に反対だった妻との関係の変化、育休をとおして見えた社会の姿と新しい目標……。

7か月の第3子をだっこしながら取材を受けてくださった岡田さんに、リアルなプロセスについて伺いました。

※1 厚生労働省「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査(速報値)」
https://www.mhlw.go.jp/content/001128241.pdf

この記事のポイント

「育休を取りたい」と言い出せなかった若手社員たち

岡田さん:社内初の育休を取ろうと思ったのは、第3子に恵まれたことがきっかけでした。第1子の時は、外資の大手食品メーカー勤務で2週間の育休を取得。第2子の時は、現職のITベンチャーに転職したばかりだったため育休は取得できませんでした。

妻とは子どもは3人と話し合っていたため、第3子は生まれた直後から育児できる最後の機会。そんな個人的な事情に加え、会社の育休取得第1号となることであとに続く社員たちにライフとワークを両立させられる道をつくりたい、という気持ちも大きかったですね。

勤めている会社は、創業13期目のITベンチャー。私が転職した2019年には10名弱だった社員数も、今では100名を超えるほどに。多様性を尊重していますが、自らハードな働き方を選ぶ人も多いのが実情です。1on1や面談でも「育休を取りたい」と言い出しにくく、自分でブレーキをかけてしまう社員が見受けられました。「実は子どもが欲しい」と打ち明けてくれた社員が、結局は退職の道を選んだということも。若い社員たちの思いに寄り添えないことに歯がゆい思いをしていたんです。


※写真はイメージです

岡田さん:私は、学生時代にも当社の創業に関わった古株でした。その分、会社への思いもあり、自分が率先して育休の先行事例になりたい、と思いました。

事業成長を追うだけでなく、一人ひとりが10年20年と長いスパンで働ける企業になる。そこに挑戦するフェーズだと感じました。

30代になり、社会課題を実感する機会が多くなったことも挑戦の原動力に。自分のライフキャリア、会社の成長、社会課題への挑戦、それら3つが重なって社内初の育休取得にチャレンジしました。

歓迎ムードも思わぬ誤解が

岡田さん:「育休を取得したい」との私の申し出に、「岡田がやらないとあとが続かないからね」と社長も経営陣も後押しをしてくれました。同僚や人事部も歓迎ムードでした。

とはいえ、規定も制度も何もない中での育休取得は、一筋縄ではいかず……。社内手続きのフローを整えたり、申請書を作ったりという事務作業が大変だったのはもちろん、同僚との会話などで「育休への誤解」が多いことにも気付きました。

育休中は社会保険料が社員負担分だけでなく事業主負担分も免除されること、育休手当(育児休業給付金)は雇用保険から支給されること等が知られておらず「育休を取ると、業務面だけではなく金銭面でも会社に負担をかける」と誤解している人が多くいました。会社の負担にはならないと伝えると「えー! そうなんですか? じゃあ、みんな育休取ればいいのに」なんて言葉も出たほどです(笑)。

これらの誤解は育休取得のハードルになるでしょう。育休1号として、制度やフローを整えるだけでなく、知識や正しい情報を伝えていく重要性も痛感しました。

※参考:
・保険料の免除等(産休・育休関係)|日本年金機構
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/menjo/index.html

・育児休業給付について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000135090_00001.html

ハローワークと人事部の間を行き来し試行錯誤

岡田さん:育休に向けての社内手続きは、ハローワークと人事の間を行き来しながら進めました。第1子の時は、大企業にいたため「育休を取ります」と言えば、進め方を教えてもらえてそのとおりに進めればよかった。でも、当社ではそうはできない。「育休を取りたいです」という控えめな姿勢では難しいと思い、「育休を取ります。つきましてはこれとこれと……」と主体的な姿勢で進めていきました。

ハローワークにはずいぶんお世話になりました。「会社に前例がない」と相談したら、法律に基づいた必要な手続きフローや申請書のひな形を丁寧に教えてくれたんです。
育休取得を進めていく際に意識したのは、急場しのぎで自分自身の育休取得を進めるのではなく、次に続く人が迷わないようマニュアルや、テンプレートを作っていくこと。
会社の人事担当と一緒に、フローを可視化し、周知することに努めました。

社内決裁よりハードだった「妻決裁」

岡田さん:育休取得に当たって、想定外の壁となったのが妻でした。最初は歓迎されなかったんです。社内決裁を通すより大変でした(笑)。

妻は、Webデザイナーとして個人事業主でバリバリ働いています。自宅で仕事をしながら、自分なりの家事や育児のやりくりができていた。だからこそ、私が急に育休を取って、せっかくつくり上げてきたバランスが崩れるかもしれないと不安になったようです。「休暇じゃなくて《育児》休暇だからね」と念を押されましたね。

家事や育児に関しては「新入社員と思ってやりや!」と言われました。妻の指摘に思わず嫌な顔をした時は「はよ会社帰り」と一蹴。「初めは言われたとおりにやって。自分の色を出していくのはそのあとから」との手厳しい指摘も。

でも、話し合っていくと、妻にはパートナー・家族に対する大切な思いがあることに気付かされたんです。
妻は「家族で楽しく生活したい」との思いを強く抱いていた。だからこそ、夫が義務感から育児をしたり、自分を滅して家事負担を担ったり、衝突して嫌な顔をされたりするのを避けたかった。そんなことで家庭の空気がギスギスするくらいなら、自分で工夫して家事も育児も効率的に進めたいと思っていたようです。

岡田さん:妻の思いに触れて、自分の家事育児へのスタンスも変わりました。つい、「いかにタスクを早く進めるか」のみを考えがちだったのですが、「この時間をどう楽しく過ごすか」も同時に考えるようになりました。家事や育児も、それぞれの得意不得意に合わせ、妻と自然と役割分担ができていきましたね。「洗濯物を畳むのは苦手だからお願い。その代わり、3人担いでの送り迎えは任せてくれ!」といった感じです。

よい前例になるために「育休中は仕事をしない」を徹底

岡田さん:現在、10か月間の育児休業の最中ですが、育休中は業務や業務上のコミュニケーションツールに触れないようにしています。

先行事例になるとは「基準をつくる」ということですよね。私が育休中にちょこちょこ仕事に関わったり、会議に出たりしてしまっては、それが基準になり、次に育休を取る人が「育休中でも多少は仕事をしてもらえるだろう」と思われかねません。

もちろん、個人的に子どもについての相談や、育休取得についての相談をもらえば対応していましたが、仕事とは一線を引いています。小さな心がけかもしれませんが、これが長く働ける会社の風土をつくることにつながると思っています。

岡田さん:育休手続き構築のためにハローワークにお世話になったり、給付金制度について調べたり、子どもと子育て広場に通う中で自治体の活動について知ったり……そんな経験を積み重ねるごとに、日本の育休制度や子どもを持つ家庭を支えるさまざまな国、民間企業、NPO法人等の支援の形に気付かされました。

子育て支援は不十分だとのイメージが強いかもしれませんが、私はむしろ育休取得までの奮闘の中で、その手厚さに驚かされたんです。もちろん、100%ということはないかもしれませんが、2016年に「保育園落ちた日本死ね」と言われた時からは、確実にアップデートされている。「(男性でも)育休取れた、日本ありがとう」の時代になりつつあるのではないでしょうか。

そんな実感があるからこそ、視野も行動範囲も広がりました。パパ友付き合いに加え、NPO法人「ファザーリング・ジャパン」で父親の育児支援のサポートにも関わるように。第1子の時に、区の両親学級で同法人の父親向け講座を受けてパパスイッチが一気に入ったんです。自分も助けられたからこそ、プレパパの支援に携わりたいと思うようになりました。
育休取得に関するこの経験があったからこそ、生まれた目標ですね。

子どもを通じて、社会の未知の一面をのぞける

岡田さん:子育てにおいては、大変さがフォーカスされがちです。子育て期間は、滅私の期間、我慢の期間だともとらえられていることも多いでしょう。でも、私は「子どもがいる自分は、社会のさまざまな一面をのぞける機会を手にした」と考えています。

子どもをとおして、地域や子育ての世界に足を踏み入れる。すると、どうしても同質になりがちな会社では出会えない人と関係性ができる、これまで知らなかった制度や支援に気付かされる、世間の温かさに触れる機会も増える……など、思わぬ気付きや学びがあり、世界が広がります。「この子がいなかったら、こんな気付きはなかったな」と感謝する日々です。

もちろん、子育ては思いどおりにならないことや苦しいこともたくさんあります。でも、子どもに尽くすだけではなく、子どもをとおして自分自身の世界も広げていく。それが実現できる社会になりつつあると感じています。そういう意味では、育児休暇は新しいキャリアを考えるきっかけでもあるかもしれません。

とはいえ、まだまだ男性の育休取得や父親への情報支援は十分ではない部分もあるのが実情。自社内ではもちろん、ファザーリング・ジャパンでの活動などあらゆる面から取り組んでいきたいと考えています。

まとめ & 実践 TIPS

ニュースなどでは、子育ての大変さや理不尽さがフォーカスされ、子どもを育てることや育休を取ることに対し、不安のほうが大きくなっている人もいるかもしれません。育休を取ってみたら「思ったより優しい世界が広がっていた」と言う岡田さんに、勇気付けられた人もいるのではないでしょうか。

プロフィール

岡田純一

父親支援事業を行うNPO法人ファザーリング・ジャパン所属
夫婦共働き、3児の父。新卒で大手外資メーカ入社後、ITベンチャー企業に転職。現在育児休暇中(取得予定期間:10か月)。

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