コーチング専門家の菅原裕子さんに聞く、思春期への対応(1)

「どうせ僕なんて、勉強してもムダだ……」
もし、子どもがそうつぶやいたら、どのような言葉を返すでしょうか。

「そんなことないよ。あなたはやればできるのだから、大丈夫よ。自信をもちなさい」
そんな前向きな言葉で励まそうとする保護者が多いのではないでしょうか。しかし、「コーチング」の考え方からすると、この対応は正しくありません。自信をもたせようとする方向性は間違っていませんが、「そんなことないよ」と子どもの言葉を「否定」してしまっているからです。最初に否定されたら、子どもは「やっぱり気持ちをわかってくれない」と、自分の殻に閉じこもってしまうかもしれません。

コーチングでは、子どもの気持ちがポジティブであっても、ネガティブであっても、決して否定せず、ありのままを受け止めることがスタートラインとなります。

「そう、自信を失っているの?それは辛いよね。何かあった?」
このように同じ目線から、対話を通して、子どもが自分の考えを整理し、前向きな気持ちを取り戻すことを支援するのが、コーチングのスタンスです。


コーチングの目的は、子どもの可能性を開き、自立をサポートすること

 コーチングという言葉になじみのないかたもいらっしゃるかもしれませんが、スポーツなどの指導者を指すコーチ(coach)という言葉は誰でも使っています。コーチングとは、人が本来もっている能力を開発するお手伝いをすることを指します。その理論は主にスポーツなどの分野で整理・体系化されてきました。

 

スポーツのコーチのあり方については、人によって考えが異なるかもしれません。一昔前は、東京オリンピックで女子バレーボールチームを率いた大松博文監督の「黙って俺についてこい」という言葉に象徴されるように、いわゆる「スパルタ式」の指導が一般的でした。時は下って、シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子選手をはじめ、数多くの名ランナーを育てた小出義雄監督は、大松監督の言葉をもじって「僕は黙って選手についていく」と語りました。小出監督のこの言葉は、コーチングの考え方をとてもよく表しています。

 

コーチングにおいては、あくまでも主人公は選手と捉え、コーチはどうすれば選手の力を最も引き出せるかを考えてサポートに徹します。私は1995年頃からコーチングを子育てに応用することを提案し、「ハートフルコミュニケーション」というプログラムとしてワークショップを開催してきました。ハートフルコミュニケーションを通してめざすことを一言で表すと、子どもの自立です。保護者はコーチとして、子どもの可能性を開き、社会へと送り出すことをめざします。

 

 

子どもを親の思いのままに動かそうとしない

 ワークショップなどを通して、子育てに悩む保護者からお話をうかがうと、子どもを思いのままに動かそうとする考えが見え隠れすることがあります。子どもの振る舞いや親子関係について理想のイメージを抱いており、その通りにいかないと、子どもを叱って関係を悪化させたり、親として自信を失ったりしてしまうのです。こうしたケースでは、自分の理想に子どもを近づける子育てが「子どものため」と、親自身が信じ込んでいることが問題を根深くしています。しかし、そんな理想的な子どもがいるはずはありませんし、そもそも保護者と子どもは親子とはいえ別の人間ですから思いのままに動かせることもありません。

 

コーチングにおいては、それぞれの子どもは本来もっている力があると認めることが出発点です。そして保護者は自分の理想に子どもを近づけるのではなく、もともと子どもがもつ良さを伸ばしていくというイメージをもちます。そのように意識するだけでも、ふだん、子どもにかける言葉は大きく変わります。

 

 

プロフィール

NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事 菅原裕子(すがはら ゆうこ)

1977年より人材開発コンサルタントとして、企業の人材育成の仕事に携わる。1995年、子どもが自分らしく生きることを援助したい大人のためのプログラム「ハートフルコミュニケーション」を開発。各地の学校やPTA、地方自治体などで講演やワークショップを開催する。2006年、NPO法人ハートフルコミュニケーションを設立。著書に、『子どもの心のコーチング—一人で考え、一人でできる子の育て方』(PHP研究所) 、『10代の子どもの心のコーチング—思春期の子をもつ親がすべきこと』(PHP研究所)、『コーチングの技術 上司と部下の人間学』(講談社現代新書)』(講談社)、『子育てが変わる親の心得37』(幻冬舎)など。

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