「寄らば大樹の陰」は通用しない時代、将来強く生きられるのはどんな子どもたち?

一流大学に入って一流企業の正社員になれたら人生安泰。こういった従来の成功パターンが確実に終焉を迎えている近年、新しい生き方や働き方をめざす若者も多く出てきています。こういう新しい変化の時代に生きるお子さまの将来のために、今から保護者が知っておきたいことは何なのか、お子さまが身につけておきたい力とは何なのか? 若者のキャリア教育を専門に研究している法政大学の児美川孝一郎教授にお話を伺いました。 ※2015年7月現在 (取材・文/長谷川美子)

時代の感度が高い学生は、大企業志向ではなく自分で自分のキャリアをデザインし始めている

今の中学生の親世代と大学生たちとでは、職選びで大きく変わってきたのはどんなところですか?

リーマンショック後はとくに、自分でユニークなキャリア選択をする子が目についてきました。大勢ではありませんが、必ずしも大企業志向ではない子がけっこうい ます。
例えば数年前に卒業したぼくのゼミ生に、旅行業界志望で、在学中に「旅行業務取扱管理者」の資格を取得していた女子学生がいました。彼女は就活を始めると業界 最大手の企業A社と、各段に規模の小さなB社から内定をもらい、小さなB社の方を選びました。理由を聞くと、大手のA企業に行っても、自分が何をやるのかわから ないし、いつになったら一人前になれるのか見通しが立たない。自分は早く一人前のいろんな知識を身につけて働きたい。そのためにはおもしろい事業をやっている 小さい会社で、1年目からバシバシ使われたほうがいい、と答えてくれました。

別のケースでは、ベトナムのホーチミンにある日本人3人だけでやっているITベンチャー企業に就職した男子学生。在学中に現地の会社に何回か見学に行っており 、卒業後そこに就職しようと決意したようです。その会社は法政大学の卒業生つながりだったのですが、小さなベンチャー企業だし、急成長しているとはいえ、すぐ に潰れる可能性だってあるでしょう。でも本人は、一生そこにいることにそもそも興味をもっていないように見えました。それより海外で自分のITやビジネス、そして英語のスキルをつけられることに期待していたのです。20代後半から30歳ぐらいまでの間にその会社があってくれればそれでいい。自分に力がついたら、人脈もできるし、起業するかもしれないし、あらためて日本で大きい企業へ転職をめざすかもしれないし、といったキャリアデザインが自分の中でできていたのです。

そういう彼らには、いまだ「寄らば大樹の陰」的思考の学生より、今の時代を生きる力があるとぼくは見ています。
彼らは要するに、「早く、やりたい仕事をやりたい」という志向を強くもっています。小さい会社なら、ハードだけどやりたい仕事が早くできるでしょう。そしてそういう思い切った選択ができるのは、自分のことを自分でやる、自分の人生を引き受けるというマインドをもっていればこそなんです。

こうした変化が起きている中、子どもの将来をサポートするために、今の中学生の保護者が知っておきたいことは何ですか?

大前提として、時代と社会が自分たちの新卒時代とはまるで変わってしまったことにしっかり気づいてほしいということです。そのためには自分たちの同世代や上の 世代を見ていてもだめで、30代や20代の下の世代がどうやって働いているのか、保護者が率先して時代や社会に対するアンテナを立てて現状を客観的によく知ってお くことが必要です。
子どもの進学先や就職先などを考えるとき、たいていの人は、「自分たちの頃は~」と考えてしまうけれど、かつてこうだったという標準モデルが、今あてになると 思ってはいけないのです。今の時代、これなら絶対安心とか、これなら子どもが幸せになれるというルートはないからです。

逆に言うと、お子さまの将来には、自分らしい仕事や生き方をする選択肢が、従来と比べて格段に広がっているといえます。従来の標準モデルが通用した時代なら 、せっかく大企業に入ったのにそこから逸脱した選択をしようものなら、周囲から相当な変わりものだと見られたことでしょう。でも今は違います。自分がちゃんと 準備していれば、その選択を誰も変だとは言わないし、転職も当然のことと見なされます。自分らしい働き方をつねに自分で選んでいける時代になっているのです。
もしも子どもの将来のために保護者にできる役割があるとすれば、お子さまの自分で選んだ自分らしい生き方を、後押ししてあげることだと思います。

自分から学んで行動する力が大事。たとえ失敗しても「いい経験をしたね」と言ってあげたい

子どもの自分らしい生き方を後押ししてあげるというのは、具体的にどんな関わり方になるでしょうか?

その前に、中学生が今後自分らしい生き方を選択していくために、今から身につけてほしい力を説明させてください。基礎的な学力の他に、大きく2つあるとぼくは 考えています。
1つ目は「自分から学んだり行動したりする力」。2つ目は「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」です。
1つ目の「自分から学んだり行動したりする力」が必要だと痛感する理由は、最近の大学生が企業の面接で「指示待ち人間はいらない」といつも言われてくるからで す。今の時代は、言われたことだけきちんとこなすタイプではなく、自分から問題を見つけて解決していくタイプを、多くの企業が求めているようです。でも、「言 われたことはちゃんとやるけれど、自分からは何もやってみない」という指示待ちのパターンは、中学生ぐらいにすでに作られてしまいます。だからこそ、中学生のうちから、自分から何かに興味をもって学んだり、疑問をもって調べたり、もっと詳しい人に会いにいく、などの自主的な行動が習慣になったら、この先ずいぶん強いでしょう。

そのために保護者がやれることは、今のうちに安全な失敗をたくさん経験させてあげることです。具体的には子どもが自分から何かをやりたがったとき、「それはち 
ょっと無理なんじゃない?」「あなたにはまだ早いんじゃない?」と言うのを我慢して、失敗するだろうなあと思っても挑戦させてあげるのです。
自分から挑戦してみたことは、とてもいい学びや力になります。たとえうまくいかなくても、子ども時代の失敗なんて、本人が恥ずかしいと思う程度のことです。もし落ち込んでいたら「いい経験をしたね」と保護者が心から言ってあげるといいと思います。
実は、小学校時代から、「まだ早いんじゃない?」「それはちょっと……」とか言われて、やりたいことを何度も止められてしまった子どもは、中学生になると、もう自分から何かやりたいとは言わなくなっていることもあります。それでもまだ自分からやりたいということがあるかもしれない。そういうときを大事にしてあげた 
いですね。

子ども時代に自主的に何かに挑戦して安全な失敗も挫折もしていない人は、いざ社会に出ようとして失敗したとき、ものすごく打たれ弱いです。会社からなかなか内 定をもらえず、「就職うつ」になる大学生もこのタイプなんです。
それに失敗も挫折もしていない子どもは、達成体験も自信も得られません。達成感や自信はちょっと無理そうなことに自分からチャレンジしてこそ得られるものです。できて当然のことばかりできても、得られません。

また、保護者自身が、自分で考えて行動する姿や、失敗してもいいから難しいことに挑戦する姿を見せることは、子どもにとてもよい影響を与えます。例えばニュー スを見て自分の意見を子どもに話して会話したり、趣味や仕事、地域の活動などで難しいことに挑戦している、等身大の姿を見せたりすると、子どもには大きな励みになります。保護者もカンペキではない。保護者だって勉強するし、失敗もするし、挑戦もする。まだまだ発展途上の一人の人間だと気づくことで、子どもは自分も やってみよう! という勇気を得ます。

自分の人生を自分で引き受けるマインドがあればどんな時代が来ても強く生きられる

二つ目にお子さんにつけてほしい力、「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」についてですが、今どきの大学生たちと話すと、自分の人生を他人事みたいに 生きている学生が本当に多いと感じます。自分の就活や将来のことを話しているのに、「~らしいです」などと他人事のように言う学生がいます。自分の人生なのに、誰かがなんとかしてくれると思っているふうなんです。「なんとなく親が言うからそうなのかな~」「周りの人間がそうだからそうなのかな~」といった他人任せのスタンスで何事も生きていくと、いざ就活や社会に出てから、自分自身の意見や決断を急に求められ、ものすごく困るのがお子さんなのです。また、長い人生には失敗や挫折はつきもの。目の前の困難なことを乗り越えなくてはならないのは必ず自分です。決して保護者や教師、周りの人が代わってくれません。

この「自分の人生を自分で引き受けていくマインド」は、中学生のうちから、ちょっと背伸びしてもっていていいと思います。お子さまが何かを決めるとき、保護者や教師の意見を聞くのはもちろんかまいません。だけど最終的に決めるのも、責任をもつのも自分だ、という自覚を少しずつ育てていきたいものです。そのために保護者にできることは、お子さまが中学生になったら、必要な持ち物を判断するとき、服装を決めるとき、ものを買うとき、習い事を決めるときなど、日常の些細なことからでかまわないので、「それぐらい自分で決めていいのよ」とときどき突き放すことだと私は思います。また、求められてもいないのに先回りして余計な意見やアドバイスを押し付けないよう気をつけて、求められたときだけ真剣にアドバイスする、というスタンスも非常に必要だと思います。理屈でわかってはいても、いざ自分の子どもを目の前にすると上手な距離感を取るのはなかなか難しい、というのもわかりますけれどもね。

 かまいすぎは、放任よりもっと悪いかもしれない——。素直でいい子だけど、精神的に自立していない大学生たちを見て、ときどき感じます。好きなことをやっていいよ、あなたの自主性に任せるよ、と口では言いながら、実際は自分の価値観で余計なアドバイスをして、子どもの自主性を奪っていないかどうか。大人自身も、何かに興味をもち、学んだり挑戦したりすることを忘れていないかどうか、ちょっと振り返ってみる必要があるのかもしれません。

プロフィール


児美川孝一郎先生

法政大学キャリアデザイン学部教授、総長室付大学評価室長。
1963年東京生まれ。1986年東京大学教育学部卒業。1993年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1996年、法政大学文学部専任講師。1999年同助教授。2003年法政大学キャリアデザイン学部助教授。2007年より同教授。主な著書に『キャリア教育のウソ』ちくまプリマー新書、『若者はなぜ「就職」できなくなったの か』日本図書センター、『「親活」の非ススメ』徳間書店などがある。

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