心をひきつける魅力的な授業とは [こんな先生に教えてほしい]
毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。小学生から高校生、そして、先生や保護者の方に役立つ教育番組を制作するためです。その中で、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方ことを書かせていただきます。
今回紹介するのは、愛媛県のB先生の理科の授業です。小学校5年生が「てこのきまり」を発見していきます。授業の最後、B先生は、瓶のジュースと栓抜きを子どもたちに渡し、問題を出しました。
問題です。栓抜きを使ってジュースの瓶の栓を抜きます。次のAとBの二つのうち、楽なのは、どちらの抜き方でしょう?「てこのきまり」を使って考えなさい。
A.引き上げる
B.押し下げる
「てこのきまり」を理解したクラスのみんなは、すぐに正解に行き着きます。
みなさんは、わかりますか?
正解は、Aの引き上げる
力を加える“力点”から、支えになる“支点”までの距離が長い方が、小さい力で仕事ができるからです。
授業は、理科室で行われます。子どもたちは、B先生がいる理科室に向かう時、いつもドキドキするそうです。「今日はどんなことをするのかな?」「どんなビックリが起きるのだろう?」と思うからだそうです。みんな授業に期待しているのです。そんな期待に満ちた子どもたちの表情は、笑顔、真剣、驚きのあまり口がポカーンなど、すごく豊かです。
そして…今回の授業でのB先生の第一声は…
先生「君たちが先生を楽に持ち上げるの!」
子どもたち「……」
先生「しかも…条件はね…ひとりで!」
子どもたち「えっー!?」
ちなみに、B先生は、身長190cm、体重80kgです。
さらに…
先生「使うのはこれ!」
と言いながら、教室の後ろに置いてあった長さ5mの角材を持ち上げ、あえて教室の真ん中を通り、子どもたちの頭上を角材が通過する演出を付けます。角材が頭上を通るのを眺めながら、子どもたちはちょっとした興奮状態です。
この演出力も、先生の力量のひとつです。
この後、すぐにB先生は、クラス全員を校庭に連れ出して、図のように5mの角材と支柱を組み立てました。
先生「先生はどこに座ればいい?」と尋ねます。
子どもたち「ここかな!?」
先生「じゃあ、やってみよう」と言ってすぐ実験スタートです。
押す位置を変えず、先生自身が座る位置を変えていきます。動いているうちに、押した子どもが、「楽っ!」と声を漏らしました。他の子も体験してみます。すると、口々に「軽い!」「むちゃ軽い!」「あっ楽っ!」という声が飛び出しました。
「大きな先生が軽々と持ち上がった!」そして、子どもたちの中には、自然と「なぜ!?」という気持ちが湧いてきます。これが、問題を全員が把握した瞬間です。この段階をきちんと作れる先生こそが「できる先生」です。
授業の中で、この「問題の把握」を重要と考えている先生は多いのですが、子どもたちに、自然と芽生えさせているかどうかは、別の問題です。多くの場合、強制的にしていることが多いのではないでしょうか。これができる先生は、子どもたちの「心の動き」を読め、小さな発見を掴んだのを見極める感受性、さらに間違った答えも全て受け止めて授業を進めることができる力量があります。
授業はこの後、「なぜ、大きな先生を軽々と持ち上げることができたのだろう」という疑問を解き明かすために、実験を繰り返し、重いものを楽に持ち上げる、「てこのきまり」を理解していきます。ただ、B先生は、実験をすぐに始めようとはしません。子どもたちが、実験をやりたい気持ちになっているからこそやれる、「学ばなければならないこと」の段階を踏みます。
その流れの作り方も、つい「上手いな…」とつぶやいてしまうほどでした。
先生「最初はちょっと面白くないかもしれんな…。
ちょっと前置きね。前置きってたいていつまらないのよ。
『はよして!先生。そんなことはいいから』という感じ。」
と言ったうえで…ここからの指示が特に「上手い!」と思いました。
先生「実験を始める前に考えておかなければならない2つのことがあります。
まずは…
(1)見えない力をどう表すか?
そして、もうひとつが…
(2)持ち上げる時の力の大きさは?
この2つがわかったら実験できます。」
と伝えたのです。どこが「上手い!」と思ったかわかりますか?
私が注目したテクニックは、「ナンバリング」、「キャッチ」「共感力」です。
・「ナンバリング」
「2つ聞くのか」という見通しを立てたこと。
この「終わりがわかる」ということは、情報の受け手のストレスを回避できます。
・「キャッチ」
「見えない力」とか「力の大きさは?」とか、自分の経験の中にある平易な言葉でありながら、ちょっと謎めいた言葉です。
情報の受け手がわかり、しかも好奇心を高める言葉を使えるかどうかというのは、情報の送り手の力量が試されます。
・「共感力」
「2つわかったら実験」。ここに、子どもたちの実験をしたいという気持ちはわかってるよ!というメッセージが込められています。
例えば、仕事を頼む時、相手の気持ちになって指示を出しているかどうかで、頼まれる側の対応も変わってきます。仕事なので、普通にこなしますが、頼む側の都合が優先する人とは、いい付き合いはできないのと同じです。
子どもたちのやる気を削がずに、必要な知識を理解させる。勉強するには、苦労を乗り越える力も必要という先生もいます。でも、計算の練習や英単語や年号の暗記を、クラス全員に、楽しく好奇心を持って取り組ませられる先生もいます。
私は、「勉強は面白い!」「学ぶことは面白い!」と思うことが大事だと思います。苦労したり、努力したり、我慢したりすることは、学校生活では他でもたくさんありますから…。
さて、B先生の前置きの(1)見えない力をどう表すか? (2)持ち上げる時の力の大きさは? についてです。(1)見えない力をどう表すか? これは、押す力をどう表すかということです。先生は、子どもたちに聞きます。
先生 「先生を持ち上げた時、どんな感じがした?」
子ども「スイカ1/3ぐらいの重さだった。」
これが、先生が待っていた言葉です。
先生「『スイカ1/3ぐらいの重さだった』というのはどういうこと?」
子ども「見えるものの重さで表している。」
先生「いい線いってる!」
子ども「見えるものの重さの数字で、数とか数字で表しています。」
つまり、「力を重さで表す」ことを確認したのです。さらに先生は…
先生「そんな経験みんなしているんじゃない?」
子どもたち「???」
先生「ヒントはスポーツテスト」
子どもたち「握力!」
先生「そう、その通り。握力の単位はなんだっけ?」
子どもたち「kg」
「力は、重さで表すことができる。」子どもたちの中で、完全に根付いた瞬間です。自分の体験と新しい知識・理解をどうリンクさせるのか。できる先生たちがいつも考えていることです。
次に、(2)持ち上げる時の力の大きさは?です。ここでも先生のテクニックが発揮されます。先生自ら「これ、わかりずらいでしょ!」と言っちゃうのです。その上で、例を出します。
先生「先生が、10kgのスイカで持ち上がるとしたら、20kgのスイカでも持ち上がってしまう。だとすると、10kgと言っても、20kgと言っても正解になってしまわない? 答えがいっぱい出てきてしまうと困らない?」
子どもたちからいろいろな意見が出て、最終的に行き着いたのが、「一番小さな数を出せばいい」ということでした。正解です。
でも先生はさらに質問します。
先生「その通り! 10kgなら10kg以上の力なら持ち上がるという答えにすればいい。でも、どんな時になったら、持ち上がったとするの?」
子どもたちの頭の上には「???」が浮かびます。再び、意見の言い合いが続き、全員が納得した答えに行き着きました。
子ども「水平になった時の力の大きさにする。」
「水平につり合った時の力を記録する」そして、「押す力を測るために体重計を使う」ことを決め、実験がスタートしました。各班には、長さ2mの角材と水の入ったポリタンク20kgが渡されます。さらに…
使う言葉を統一し、支点と力点の距離を測ることや、作用点を支点に近づけたり、遠ざけたりしながら、測ることを伝えられます。子どもたちは、タンクを置く位置と力を加える位置を様々に変えて、結果を比べます。途中で、動かしたり、変えたりする条件は1つにすることなど、条件制御などの実験の基本を身につけていきました。
このあと、実験でわかったことを言葉に表します。それをクラスで発表しながら、楽に持ち上げるには、タンクを支点近くで持ち上げるか、押す位置を支点から遠くすることだと理解していきました。この後、授業では、アルキメデスが発見した「てこの原理」を体感します。(支点から作用点の距離)×(重さ)=(支点から力点の距離)×(力の大きさ)の発見まで続きました。この発見のさせ方も秀逸でした。「その手があったか!」というほどのテクニックです。
B先生は、「理想の授業」を次のように話しています。
子どもの心をひきつける魅力ある授業は、子どもたちの積極的な成長を促す「学びの場」を創り出します。そのために、よい素材を求め、教具を工夫し、思いを込めて授業をするのです。「授業が待ち遠しい。」と思える子どもは、失敗を乗り越えて、力強く問題解決に挑みます。
いい授業をする先生=いい仕事をする人=人を大事にする人だと思います。
(筆者:桑山裕明)