東京農業大学 農学部 昆虫学研究室 (2)  高校生のうちに好きなことに打ち込み、悩み、苦しんで乗り越える経験を [大学研究室訪問]

日本が転換期を迎えた今、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。最初に訪れたのは、昆虫の機能を生かしたものづくりに取り組む、東京農業大学農学部の長島孝行教授の研究室。
前回に続き、今回は、大学の実情と、高校生までのうちにやっておくべきことについて伺いました。



■自分で創意工夫して答えを探させる

繭から生まれたシルク製品の数々

私が研究を始める以前には、カイコ以外の虫の吐くシルクに価値があるとは誰も考えていませんでした。しかし私は、繭を壊された虫が、すぐに一生懸命つくり直そうとする姿を見ているうちに、シルク自体に何か秘密があるのではないかと思い付き、それが、多彩な機能の発見やシルク製品の発明につながりました。常識に縛られず、自分の頭で考えることこそが大切なのです。

私は、研究室の学生一人ひとりに、新しい発見や発明につながるような自分だけのテーマを持たせ、自分で創意工夫して、答えを探させます。しかし、多くの学生は高校まで、受験勉強を通して、決められた答えにたどりつくための方法しか学んでいません。どうしたらいいかわからず、悩み、苦しみ、挫折します。結局、答えは出ないかもしれない。でも、それこそが学問の醍醐(だいご)味であり、そんな経験こそが、社会に出た時に役立つと思います。



■「大学生になってから」では遅すぎる

高校までは受験勉強に専念し、学問の醍醐(だいご)味を味わうのは大学に入ってからという考えは、もっともらしく聞こえますが、現実的ではありません。大学で専門的な勉強が本格的に始まるのは3年生以降。しかし、ちょうどそのころには就職活動も始まり、時間を奪われてしまいます。その結果、学問の醍醐(だいご)味を味わえず、自分の頭で考える力も付けられないまま卒業し、社会に出てから初めて壁にぶち当たり、乗り越えられないまま会社を辞める--そんな悲劇を招きかねないのです。

そんなことにならないように、中学生や高校生のうちに、受験勉強だけでなく、好きなことにも打ち込ませてあげてください。好きなことなら、壁にぶち当たっても自分の頭で考え、工夫して乗り越えようと思えますし、苦手なことにも挑戦しようとも思えるものです。私のもともとの専門は昆虫で、シルクの構造などは専門外でした。しかし「これを知りたい」という強い気持ちがあったからこそ、さまざまな人の力を借り、未知の分野の研究も進められたのです。



■大きな「志」の種を誰もが胸の奥に抱いている

もう一つ、高校生までのうちには、ぜひとも大きな目標や夢も抱いてほしいものです。地球が大きな危機を迎えている今、一人ひとりが地球を救おうという夢を持ち、それぞれの立場で行動をすることが求められています。大学の研究室は、そのための拠点となる場です。志を持った若者たちが一人でも多く集うことで、世の中を変えていけるのです。

「うちの子にはそんなことは無理」と尻込みする人もいるでしょうが、そんなことはありません。最近、幕末の頃のドラマが人気だと聞きます。あの時代は、有名な志士以外にも、全国各地でさまざまな人たちが、世の中を変えようという志を持っていました。だからこそ、明治維新という大事業が成し遂げられたのです。多くの人が幕末のドラマにひかれるのも、誰もがそんな志の種を胸の奥に抱いているからでしょう。ぜひとも、お子さまの中で眠っている志を引き出すよう、導いてあげてください。


学生に聞きました!

谷藤杏奈さん(2009年入学、北海道出身)

自分から動かないと何も始まらない--就職活動を機にそう気付きました

研究室に入ったきっかけは、1年生の時に先生の講義を聴いたことです。昆虫にこんなにたくさんの機能があり、世の中の役に立つなんて思いもしなかったので、もっと勉強したいと思いました。でも、いざ研究室に入ったら、とまどうことばかり。先生は、自分の頭で考えることを求めるから、受け身の勉強しかしていなかった私には、どうしたらいいかわからなかったんです。「先生がこっちに来ませんように」なんて思っていました。

そんな私が変わったきっかけは、就職活動でした。自分をアピールしないと、企業の人は自分のことを見てくれない。焦りながらも必死でもがいて、幸いにも就職が決まった時、ホッとすると同時に、縮こまってばかりだったこれまでの自分を反省しました。自分から動かないと何も始まらないんだと気付いたのです。それからは、しつこいくらい先生を追いかけて話を聞くようになりました。

研究テーマは、マダガスカルの銀色の繭が、なぜ銀色になるのかです。研究には物理の知識が必要です。私は高校のころ、物理が苦手で、逃げてばかりいました。でも、今度は違いました。どうしたら理解できるか考えて、まず子ども向けの本から読み始め、少しずつ難しい本に進んでいったのです。そうしたら、専門的な本も理解できるようになっていきました。それはとてもうれしい経験でしたが、ちょっと後悔もしました。高校生のころ、苦手だと避けていたことも、がんばって挑んでいれば乗り越え、成長できたかもしれないと思ったからです。嫌いをつくらないことが大切なんだ--今はそう実感しています。

プロフィール



東京農業大学農学研究科博士課程修了後、高校教諭などを経て現職。ニューシルクロードプロジェクト代表、千年持続学会理事も務める。昆虫の機能を社会に役立てる「インセクト・テクノロジー」を提唱。著書に『蚊が脳梗塞を治す!昆虫能力の驚異』(講談社α新書)など。

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