まるで強迫観念にかられたように自分の物を確保したがる[教えて!親野先生]

 

はじめまして。いつも楽しく読ませていただいています。5歳9カ月の男の子を持つ父です。相談は、少し説明しにくいのですが、自分の物を自己管理しようとする気持ちが必要以上に強く、特に外出先では強迫観念にかられたように、自分の物を安心できる場所(親のかばん等)に確保しないと気が済まないことです。原因は3~4歳のころに我々親が、自分でいろいろできる子にしようと、物を紛失して泣きすがってきても「まずは自分で探しなさい」と言ったり、出かける前に「自分で準備しないと置いてくよ」などと言ったりして、思いやりのない声かけやおどしをしていたためだと思われます。結果、自分の物が自身から離れることを嫌い(なくなると思って)、「大丈夫だよ」と諭しても「お願いだから預かって」と泣きながら懇願され、とても気の毒に思います。当然、今は上記のような対応はしておらず、一緒に探したり、逆に少しだらしなくなってもいいかなと、出かける準備(服やかばんも)をほとんどやってあげたりしています。しかし最近から始めたばかりなので効果はまだわかりませんし、このような対処法で良いのか悩んでいます。アドバイスをいただけたら幸いです。よろしくお願いします。(ただひろ さん)

 

【親野先生のアドバイス】

ただひろさん、拝読いたしました。

私の知っている子で、家で次の日の時間割の確認を何回もしないと気が済まないという子がいました。
夕方に次の日のカバンの仕度をして、寝る前に確認して、朝起きて確認して、登校直前に確認して、玄関を出る時に確認して、歩き出してからも途中でカバンを開けて確認するといった感じでした。

また、学校でオシッコのお漏らしをしてから、しょっちゅうトイレに行かないと気が済まなくなるという例もけっこうあるようです。

また、「家の人が交通事故に遭うのではないか」とか「家族の誰かが死んでしまうのではないか」などという不安をいつも感じている子はけっこういるようです。

子どもだけでなく、大人でも、似たようなことはよくあります。
・出かける前に、ガスの元栓を何回も何回も確認する
・寝る前に、戸締まりを何回も何回も確認する
・家中の水道の蛇口が閉まっているか、いつも見て回っている

このような症状は、神経症の一種で、強迫神経症と呼ばれるものだと思います。
私は、この分野の専門家ではありませんので、わかる範囲での回答ということでご理解ください。

実は、私も、若いころこのような状態になったことがあります。
ガスの元栓が閉まっているかとか、ストーブの火がしっかり消えているかなどが、気になって気になって仕方がない時期がありました。
何回確認して家を出ても、数分たつと、また戻って確認したくなるのです。

頭では、大丈夫だとわかっています。
でも、「もし、万が一……」という思いが出てきて、それをどうしてもぬぐい去ることができないのです。
それで、また、戻って確認するのです。

別に、自分の家や近所でガス漏れ事故や火事があったというわけではないのです。
でも、気になって仕方がなかったのです。
もしかしたら、テレビか何かで「お出かけ前はガスの元栓を閉めましょう」というのを聞いて、それがきっかけになったのかもしれません。
今となってはわかりようもありませんが。

軽くなったりひどくなったりしながら、こういう状態が何年か続きました。
今では、普通の状態になっています。

受験・仕事・人間関係などによるストレスが大きい時には、状態も良くなかったように思います。

ところで、今から数年前、携帯電話を落とした時、似たような状態になりかかりました。
ズボンのポケットに入れておいた携帯電話が、知らないうちに電車の座席に滑り落ちてしまったのです。
家に帰ってから気が付いて、その後携帯電話を再び手にするまでは、なかなか大変でした。
それから、しばらくの間、携帯電話が手元にあるかしょっちゅう確認するようになりました。

でも、その時は、それほどひどくなることはなく、いつの間にかまた普通の状態に戻っていました。
その時は、それほどのストレスもなく毎日がけっこう楽しくて充実していたので、それがよかったのかもしれません。

そういえば、ずっと前に学校の職員旅行に一緒に行った、ある同僚のことを思い出しました。
彼は、旅行中にクーポン券をしょっちゅう確認していました。
それは、電車の切符と宿泊券と行楽施設の入場券がセットになったクーポン券でした。

彼は、電車に乗る前も乗ったあとも、バッグの中を覗いたり実際に取り出したりして何回も確認していました。

もう一人、ある学校の教頭先生のことも思い出しました。
その学校では、最終戸締まりを教頭先生が行うことになっていました。
特に、1階の施錠の確認が重視されていました。
つまり、1階のすべての窓やドアが開かないことを、実際に校舎の外側から手で押したり引いたりして調べて回ることになっていたのです。
一回りするのに、15分はかかります。

彼は、「毎日、帰りにそれを二回りやらないと気が済まない」と言っていました。
私が「一回りを丁寧に確実にやったほうがいいんじゃないですか?」と言ったら、「もし、そうしても、どうせもう一回りしないと気が済まなくなるんだよ」とのことでした。

こう見てくると、私も含めて、けっこう似たような人は多いのかもしれません。
最後の教頭先生の例などは、慎重の範囲に入るのかやや病的といったほうがいいのか微妙なところかもしれません。

失敗や嫌な出来事などが実際にあって、それがきっかけになる場合もあるようです。
実際にはそういうことがなくても、想像がきっかけになる場合もあるようです。

また、比較的なりやすい気質のようなものがあるのかもしれません。
私もその一人ではないかと思います。
でも、その繊細さが長所なのだとも思っています。

それと、やはり、忙しかったり心配ごとや悩みがあったりすると出やすいのではないでしょうか。
それらのストレスが引き金になることは、十分考えられます。

プロフィール

親野智可等

親野智可等

教育評論家。23年間の教員生活のなかで、親が子どもに与える影響力の大きさを痛感。その経験をメールマガジンなど、メディアで発表。全国の小学校や、幼稚園・保育園などからの講演に引っ張りだこの日々。

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