スポーツから暴力を排除するには?

東京五輪・パラリンピックの開催が迫り、スポーツに対する社会的な関心がますます高まっています。一方でスポーツをめぐっては近年、指導者や選手同士の暴力問題がクローズアップされています。学校の運動部活動も例外ではありません。スポーツから、どう暴力を排除すればいいのでしょうか。

気付かないふりをしている者も加担

日本学術会議は2月、「スポーツと暴力」と題する公開シンポジウムを開催しました。同会議では2018年11月に鈴木大地・スポーツ庁長官から科学的エビデンス(客観的な証拠)に基づく「スポーツの価値」の普及の在り方に関して審議を依頼されたことを受け、委員会を設置。幅広い分野の研究者が集まり、多角的な検討を行っています。

委員を務める來(らい)田(た)享子・中京大学教授(スポーツ史)は、シンポでの「暴力」を
(1)身体的制裁
(2)言葉や態度による人格の否定・威圧・嫌がらせ
(3)性的虐待・性的暴力・性的嫌がらせ
(4)上記に対する傍観
(5)その他人権を侵害する行為
……と定義しました。

特徴的なのは、(4)と(5)です。(4)は、暴力行為を見聞きしているのに、見ない・気づかないふりをしている者も、結果的に暴力に加担していると見なすわけです。いじめの4層構造(被害者、加害者、観衆、傍観者)と同根です。また(5)は、(3)のセクハラだけでなく、あらゆるハラスメント(嫌がらせ)に広げるとともに、言葉の暴力だけでなく、無視など態度によるものも含んでいます。

保護者にも必要な「価値の転換」

4人の講演のうち、永富良一・東北大学教授(スポーツ科学)は、宮城県内のスポーツ少年団を対象にした調査結果を紹介。監督から殴られたり蹴られたりするだけでなく、ひどいことを言われたりしても、体の痛みを訴える割合が高くなるといいます。しかも自分だけでなく、仲間に対するものを含めてのことです。そのうえで、お互いの信頼関係が成立していれば「よい指導」になるものの、成立していなければハラスメントになることに注意を促しました。

村井俊哉・京都大学教授(精神医学)は、前頭葉という脳の部分が傷付くと、かっとなったり暴力を振るいやすくなったりすることを紹介。モラル(道徳)が確立する前に前頭葉が傷付いてしまうと、他人に共感したり、罪悪感を持ったりすることが難しくなるといったメカニズムを解説しました。さらに、駄目なことは駄目と言い、良いことは褒める場合にも、バランスとタイミングが重要であるとの考えを示しました。

パラリンピック射撃選手の田口亜希さん(日本郵船)は、パラスポーツ界では暴力を経験したことも見聞きしたこともないと報告しました。もともと一人ひとりの障害が違っており、多様性の尊重が当たり前だからです。

柏野牧夫・NTTコミュニケーション科学基礎研究所NTTフェロー(スポーツ脳科学)は、一人ひとりの骨格が違うように、体についてのイメージも一人ひとり違っているため、指導者と選手のコミュニケーションが実は難しいものであることを指摘しました。

重要なのは、スポーツと暴力に関する「価値の転換」(來田教授)です。保護者も例外ではありません。田口さんは学校時代、家庭でも「我慢しなさい」と言われ続けたことを振り返りました。気が付かないうちに子どもが暴力を受け入れるよう仕向けていないか、注意したいものです。

(筆者:渡辺敦司)

※日本学術会議 公開シンポジウム「スポーツと暴力」
http://www.scj.go.jp/ja/event/2020/282-s-0208.html

プロフィール

渡辺敦司

渡辺敦司

1964年北海道生まれ。横浜国立大学教育学部卒。1990年、教育専門紙「日本教育新聞」記者となり、文部省、進路指導問題などを担当。1998年よりフリー。連載に「『学力』新時代~模索する教育現場から」(時事通信社「内外教育」)など。

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