高校野球だけが「特待生」禁止される背景は

日本学生野球憲章で禁止されている野球選手を対象とした特待生制度が、全国の高校376校で実施されていたことがわかりました。
プロ野球・西武球団の裏金供与問題をきっかけに、日本高等学校野球連盟(高野連)が調査したものです。
高野連では在籍する特待生には救済措置を認めつつ、特待生制度自体は廃止するよう各校に求めています。
ただし、野球以外のスポーツでは、特待生は禁止されていません。
その背景には、高校野球をめぐる特殊な事情が背景にあります。

ご承知のように、野球はプロ・アマ問わず国民的スポーツであり、高校野球についても春と夏の甲子園大会人気は言うまでもありません。
ただし、それがあたかも「プロへの登竜門」とみなされ、教育活動の一環である本来の学校スポーツという意義がゆがめられてしまう危険性も常にはらんでいます。
将来性のある中学生を他県から集める「野球留学」の問題点も指摘されています。

学生野球憲章には「選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない」(第13条。第19条で高校野球に準用)とされています。
これは、プロ球団や大学・高校が優秀な選手を確保しようと過剰な金品供与が行われることを阻止しようというものです。
1950(昭和25)年から設けられている規定ですが、高野連では最近でも2005(平成17)年11月に中学生の勧誘行為を自粛するよう通達を出し、同規程を違反しないよう念を押しています。

しかし、他のスポーツに関しては、こうした規定はありません。
というより、高校スポーツで言えば野球だけが高野連という独立した団体を持ち、それ以外の32のスポーツは全国高等学校体育連盟(高体連)に組織される、という格好になっています。
それだけ野球、ないしは高校野球が日本のスポーツ界で特異な地位を占めている、ということの現われでもあります。

特待生制度を設けていた高校のうち、福岡市立の1校(同窓会による奨学金)を除くと、あとはすべて私立でした。
これは、高野連に加盟する私立高校の4割以上を占める数字です。
禁止された特待生制度を多くの私立高校が設けていた背景には、甲子園出場によって学校の名を全国的にアピールでき、生徒募集にも大きく寄与する、ということがあります。他のスポーツで禁止されていないため、学生野球憲章に無自覚なまま導入している高校も少なくないようです。

ただし今は一昔前のように、甲子園に出場したから入試の倍率が跳ね上がる、といった単純な状況ではなくなっているのも確かです。
そのため高校野球における強豪校でも、他のスポーツや、進学面にも同時に力を入れる「多角化」を図っているのが、最近の傾向です。それでも、ますます進む少子化によって私学の経営は厳しさを増しており、一度始めた制度をやめるリスクは犯したくない、というのが本音のようです。
実際、全国の私立高校が加盟する日本私立中学高等学校連合会は、野球にも特待生制度を認めるよう求めていく方針です。

教育を行う学校がルール違反を犯したこと自体は、厳しく問われなければなりません。しかし今回の一件は、野球界の在り方、学校スポーツの在り方はもとより、教育の一環としてのスポーツと競技スポーツとの関係、学校における奨学制度の在り方など、さまざまな問題を投げかけたのは確かでしょう。

プロフィール


渡辺敦司

著書:学習指導要領「次期改訂」をどうする —検証 教育課程改革—


1964年北海道生まれ。横浜国立大学教育学部卒。1990年、教育専門紙「日本教育新聞」記者となり、文部省、進路指導問題などを担当。1998年よりフリー。初等中等教育を中心に、教育行財政・教育実践の両面から幅広く取材・執筆を続けている。

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