行動遺伝学者に聞く「遺伝」と「環境」どちらが大事?【後編】

 ここまで遺伝が知能や性格などに及ぼす影響について、さまざまな角度から説明してきました。私たちは、遺伝と環境の影響をどのように捉え、子育てに生かすべきなのでしょうか。慶応義塾大学教授の安藤寿康先生に行動遺伝学の知見から助言をいただきました。

「環境」がととのっていないと遺伝による素質は発揮されない

 知能や性格にも少なからず遺伝の影響があることを知り、どう受け止めるべきか戸惑われているかたもいるかもしれません。しかし一方では、行動遺伝学の研究成果は、環境による影響の大きさを科学的に裏づけていると言えます。前編で、に遺伝を研究するほど環境の大切さが浮かび上がってきたと述べましたが、これにはいくつかの重要な理由があります。

まず当然のことながら遺伝によって全てが決まるわけではないという側面から、環境の重要性を説明できます。大まかに言って遺伝と環境の影響は半々と述べたように、環境は人のあらゆる能力を伸ばすうえで非常に重要な役割を果たすのです。ここで言う環境は、家庭や学校を含んだ「教育」と言い換えてもよいでしょう。

さらに遺伝による素質を引き出すのが教育であることも注目していただきたいポイントです。遺伝による素質というと、本能的に自然と発現すると考えるかたが少なくありません。あたかもクモが誰にも教えられずに精緻な巣を作り始めるかのようなイメージです。しかし、人の能力を引き出すためには教育、すなわち環境が欠かせません。これは英語の才能がある人を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。いくら才能があっても単語や文法が自然と頭に湧き上がるわけではなく、教育を受けなければ英語を話せるようにはなりません。バイオリンの天賦の才能があっても、やはり教わる環境がなければ弾けるようになりません。これは知能でもスポーツでも同じことです。そういう意味でも環境の大切さを強調しても強調し過ぎることはないのです。

どうすれば子どもの才能を発見して伸ばすことができるのか

 ここまでお読みになり、「どうすればわが子の才能を発見して伸ばすことができるだろうか」と思われた保護者のかたも少なくないでしょう。実は、これは非常に難しい問題です。遺伝的にどのような才能があるかは、実際に経験してみるまで、周囲の人間はもちろん、本人にすらわからないからです。つまり子どもの才能を発見しやすくするためには、それに出合うまで、できるだけ多様な経験をさせるべきということは確かでしょう。ここにも環境の大切さがあります。

ここで言う多様な経験には、なるべく多様な大人から見守られる状況をつくることを含めてください。あらゆる場面で保護者が子どもの素質を見抜けるとは限りません。多くの大人が多角的にひとりの子どもを見ることで素質は発見されやすくなるでしょう。

親が「わが子にはこれが向いている」と判断し、強制するのはあまりよい方法とは思えません。才能の萌芽は、子ども自身がおもしろがったり、やりたがったりする姿に見られる場合が多いからです。行動遺伝学的にも、自由な環境下ほど、遺伝の影響が強まりやすいことがわかっています。行動の選択の幅が限定されておらず、自由にやりたいことができる状況では、おのずと素質が発揮される行動を取りやすいということです。

素質を伸ばしていくのは子ども自身という自覚を促そう

 最終的には、自分の素質を伸ばしていくのは子ども自身に他ならないと、本人に自覚させる働きかけも大切でしょう。おいしいトマトを作るためのポイントは、肥料や水を多少不足させることだと言われます。それと同じように、できるだけ多くの経験ができる環境を用意しつつ、子どもに教え過ぎずに自分で考えて学ぶように促して、本人が自分の素質を伸ばせるように心がけてください。

近年は遺伝子検査が一般化しつつあるなど、遺伝子に関するトピックを耳にすることが増えてきました。しかし、なかなか科学的に正確な知識が広がりづらく、誤解が多い分野であるのも確かです。また、ときには研究成果に受け容れがたいと感じる内容が含まれる場合もあるかもしれません。それでも遺伝の働きを正しく理解することは、個人レベルでも、また社会全体を考えても、私たちがより生きやすい環境をととのえるうえで重要なことだと信じています。

プロフィール

安藤寿康(あんどう・じゅこう)

慶応義塾大学教授。1958年東京都生まれ。慶応義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。行動遺伝学や教育心理学を専門とし、主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま書房)、『遺伝マインド』(共著、有斐閣)、『心はどのように遺伝するか』(講談社)など。

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