行動遺伝学者に聞く「遺伝」と「環境」はどれくらい影響する?【中編】

 知能や性格を含めて、あらゆる行動や心の働きは遺伝の影響を受けるというのが行動遺伝学の原則であることを前編で説明しました。しかし一方では、「環境」による影響も大きいと言います。遺伝と環境は、それぞれどれくらい影響を及ぼすのか、引き続き、慶応義塾大学の安藤寿康先生にうかがいました。

遺伝と環境の影響はそれぞれ半々くらい

 行動遺伝学では、どうやって遺伝子の影響を確かめているのかと疑問をもたれたかたもいるかもしれません。まず行動遺伝学で用いられる「双生児法」という研究法について簡単に説明しましょう。

一卵性双生児は、一つの受精卵から生まれた双子ですから、完全に同じ遺伝情報をもっています。一方、二卵性双生児はそれぞれ異なる受精卵から生まれるため、普通のきょうだいと同じく、半分程度の遺伝情報を共有しています。ともに同じ環境(家庭)で育った場合、二卵性双生児と比べて一卵性双生児の方が似ていたら、余計に似ている分は遺伝の影響によるものと推察できるわけです。

この方法を用いて世界中で遺伝の影響に関する膨大な数の研究が積み重ねられてきました。その結果、前編の冒頭で述べたように、あらゆる行動や心の働きは遺伝の影響を受けることがわかってきたのです。どの程度の影響を受けるかは要素によって異なるものの、大雑把に言って「50%」と考えておくといいでしょう。つまり、遺伝と環境の影響がそれぞれ半々くらいというわけです。

それでは次に個々の要素がどれくらい遺伝の影響を受けるのかを見ていきます。

【知能】

行動遺伝学の中で最も多くの研究が積み重ねられてきたのが知能の分野です。世界中の研究者により、知能は遺伝子の影響を60%程度受けることが示されています。40%が環境の影響ということになります。知能の分野では、年齢を重ねるにつれて遺伝の影響が強くなりやすいこともわかっています。意外に思われるかもしれませんが、人生の前半は学校教育による環境の影響が大きいことなどが要因と推測されています。

【性格】

性格には「協調性」「外向性」「開放性」「神経質」「誠実性」などさまざまな要素がありますが、概して30~40%程度、遺伝の影響を受けるとされています。つまり性格においては、遺伝より環境の影響が大きい場合が多いと言えるでしょう。

【自尊心】

自尊心も性格の一部と捉えられ、40%程度の遺伝の影響が認められます。遺伝よりも環境の影響がやや大きいのですが、もともとの自尊心がどの程度であるかは、遺伝子の影響が大きいようです。同じ被験者を対象とした2年間隔の調査では、自尊心の高低にかかわらず、大きな変動が見られないケースが大半でした。ただ、60%は環境要因ですから、環境の大きな変化によって自尊心は変動します。

【芸術センス】

芸術的なセンスは客観的・科学的な測定が困難なため、エビデンスはあまり多くありません。それでも、音楽の分野でリズム感や絶対音感といった測定可能な要素では、50%程度の影響が認められました。そのことから考えると、他のジャンルにおける芸術センスも遺伝の影響があることが推測されます。

【収入】

収入にかかわる要素は実に多様です。まず知能や学歴の影響が考えられますが、それ以外にも、業界の景気や自分を育ててくれる上司やお客さんに恵まれるかといったさまざまな要因が絡み合っています。同じ職業であっても特定の要素で収入が決まるわけではありません。例えば、営業スタッフは、愛嬌を武器にする人もいれば、論理的なプレゼンテーションで契約を勝ち取る人もいます。それにも関わらず、全体的な傾向としては、年齢が上がるにつれて収入に対する遺伝子の影響は徐々に強まるという研究結果があります。数えきれないほどの遺伝子による要素の一つひとつの影響は微弱ですが、それが「収入」という指標に収れんされると、全体として影響力をもちやすくなるようです。

また就職直後は、親による教育や意識づけなどの環境要因が比較的大きいのですが、社会経験を積む中で次第に本人の素因による影響が出やすくなることが考えられます。いずれにしても、収入に関しては影響を及ぼす可能性のある要素が多過ぎるため、子どもを見て「大人になったらどれくらい稼げるか」を判断しようとしてもまったく意味はないでしょう。

後編では、いかに「環境」をととのえて素質を伸ばすかを説明します。

プロフィール

安藤寿康(あんどう・じゅこう)

慶応義塾大学教授。1958年東京都生まれ。慶応義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。行動遺伝学や教育心理学を専門とし、主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま書房)、『遺伝マインド』(共著、有斐閣)、『心はどのように遺伝するか』(講談社)など。

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