山の風景を臨む新たなアート施設—安藤建築を擁す「ヴァレーギャラリー」の魅力とは【直島アート便り】
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建築家・安藤忠雄氏はこれまで、直島の自然や瀬戸内海の海景、集落に溶け込む建築を多く手掛けてきました。今回は、今年の春、新たにオープンした安藤氏の9つ目の建築を含む「ヴァレーギャラリー」をご紹介します。
ヴァレーギャラリー 撮影:宮脇慎太郎
山間に建つ新たな安藤建築とランドスケープ、アート作品の融合—「ヴァレーギャラリー」
ヴァレーギャラリーは直島の南側・倉浦地区の谷間に建つ安藤建築を擁すギャラリーです。谷間はしばしば境界や聖域と表現されます。建築は祠をイメージして建てられ、どこか神聖さを感じさせるように、倉浦地区の山間に沿うようにして佇みます。
屋根とコンクリートの壁の間には幾何学的な形の開口部が設けられており、外の自然が内部に入り込む半屋外構造となっています。移りゆく季節や天候によってさまざまに表情を変える自然を豊かに取り込みながら、屋外に広がる空間とともに在る建築物です。
ヴァレーギャラリー 撮影:矢野勝偉
建物の内外に広がる作品—草間彌生《ナルシスの庭》
建物の中や、周囲の自然には草間彌生氏による作品《ナルシスの庭》が大きく展開しています。
Yayoi Kusama, Narcissus Garden, 1966/2022, Stainless steel spheres, Copyright of Yayoi Kusama Photo: Masatomo MORIYAMA
同作品は1966年のヴェネツィア・ビエンナーレにて、草間氏がパビリオン外の芝生で初めて公開した作品です。
「Your Narcissism for Sale」と書かれた看板とともに大量のミラーボールを芝生に敷き詰め、通行人にそれらを販売し、世界的に注目を集めました。
ヴァレーギャラリーでは、敷地内の池や芝生、館内の至るところに約1,700個のミラーボールが展示されています。一つひとつのミラーボールは、移り行く自然やその中に立つ鑑賞者自身の姿を映し出します。作品を観ながら、同時に周囲のランドスケープや自分自身に目を向ける機会に繋がる作品といえるでしょう。
地域の歴史を映す作品—《スラグブッダ88》
建物の入り口に至るまでの遊歩道を歩いていくと、小沢剛氏の作品《スラグブッダ88-豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏》に出合います。
小沢剛《スラグブッダ88— 豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88 体の仏》2006 /2022年
2006年より公開されていた同作品は、新たに一部改変され、ヴァレーギャラリーの池のほとりに展示されました。
小沢氏は、直島にて八十八か所に祀られている仏像をモチーフに作品を制作しました。
直島では、小さな祠に収められた石の仏像がさまざまな場所で見られます。これは、「直島八十八箇所」と呼ばれるもので、四国八十八箇所巡りを島内でも実現すべく、江戸時代初期に設置されました。
「直島八十八箇所」の祠と石仏
作品の素材として採用されたのは、豊島で不法投棄された産業廃棄物を焼却処理したあとに生じる物質「スラグ」です。直島の近くにある豊島では、1990年代に島の一部におよそ91万トンの産業廃棄物が不法投棄されていました。豊島の住民の方々は公害調停を申し立て、長きにわたる闘いを経て、香川県が責任を認め廃棄物を処分することに決まり、その中間処理を直島で行うことになりました。
豊島の産業廃棄物の無害化処理は既に終えられています。変わりゆく時間の中で、《スラグブッダ88》には、負の歴史が無かったことにならないように、失われていこうとする歴史が語り続けられるように、という小沢氏の願いが込められています。
ヴァレーギャラリーでは、周囲の自然や地域の歴史を映し出す作品と安藤建築が響き合いながら、自然の豊かさや共生、根源的な祈りの心や再生などについて意識を促す場が広がっています。
建築を通して景観に目を向ける
ヴァレーギャラリーはベネッセハウス ミュージアムと地中美術館のほぼ中間、李禹煥美術館がある倉浦に向かう谷筋に位置します。春先にはヤマツツジで覆われる斜面に囲まれた美しい場所です。「瀬戸内の自然」という際に、海の景観が注目されることが多いなか、ヴァレーギャラリーは山の風景にも目を向けるきっかけを作り出しています。それぞれの美術館だけでなく、点在する安藤建築を巡りながら、直島から見える瀬戸内海の海景や季節によってさまざまに変化する山の植栽、独自のランドスケープを楽しんでみてはいかがでしょうか。
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