銅製錬が生み出す島の姿—日常の風景に目を向けるアートプロジェクトとは【直島アート便り】

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ベネッセアートサイト直島では直島、豊島、犬島を中心とした瀬戸内の島々を舞台に、様々なアートプロジェクトが行われています。島ごとに異なる景観の中で展開するアートは、作品そのものを鑑賞する楽しさを提供すると同時に、その背景にある島の文化や歴史、日常の風景に目を向けるきっかけを与えてくれます。

今回は、銅製錬の歴史が生み出した風景に注目し、島の背景や日常に目を向けるプロジェクトを紹介します。

この記事のポイント

直島の日常に溶け込む鍰(からみ)の風景—≪瀬戸内「鍰造景」資料館≫

直島の宮浦地区にある「宮浦ギャラリー六区」では、アーティスト・下道基行氏により2019年9月から、直島を中心とする瀬戸内海地域の歴史や景観、民俗などについて調べ、発表し、島内外の方々と共有するプロジェクト≪瀬戸内「   」資料館≫が始まりました。「   」には毎回新しい展示のテーマが入り、調査・収集されたものはアーカイブされます。

宮浦ギャラリー六区 瀬戸内「   」資料館(下道基行)撮影:宮脇慎太郎

今ではアートの島として語られることの多い直島ですが、1917年から島の北側で銅の製錬所が稼働しており、島の産業の中心として生活を支えてきました。銅製錬が生み出す風景は、直島の集落など様々なところに刻み込まれています。銅を製錬する際、「鍰(からみ)」と呼ばれる不純物が排出されます。直島では、この鍰を鋳型に流し込んで成形し、煉瓦や瓦として利用していました。
鍰煉瓦は住宅の外壁や土台に使われるなど、今でも直島の日常風景の一部として見ることができます。

直島の住居の外壁に使われている鍰煉瓦

下道氏は、鍰がつくり出す直島の風景に着目し、≪瀬戸内「   」資料館≫のテーマとしてとりあげました。 そして、鍰を再利用することで生まれた風景を「鍰造景」と題して、2021年8月14日から9月12日まで、≪瀬戸内「鍰造景」資料館≫を公開しました。

撮影:宮脇慎太郎

下道氏は、直島の風景や歴史に興味を持つ島民2人(岡本雄大氏、アンドリュー・マコーミック氏)と「直島鍰風景研究室」を立ち上げ、1年以上にわたって、日常生活の中で見つけた鍰を撮影し続けました。
鍰はタイルや瓦としても利用されていたり、意匠的な使い方で住宅や店舗の前に置かれていたり、様々に形を変えて直島の風景に溶け込んでいます。

資料館では、鍰の風景を撮影した写真や、島の方からお借りしたり、寄贈いただいた鍰製の煉瓦や道具が展示されています。それらは全て集落の中で実際に見ることができる風景の一部です。館内の展示を鑑賞することで、集落を歩いてみたくなったり、身近な地域資源に目を向けるきっかけとなるような展示だといえるでしょう。

近代化産業遺産として残る鍰の風景—犬島精錬所美術館

下道氏は、直島だけでなく日本全国の「鍰造景」を巡り、調査を進めました。
そのうちの1つが瀬戸内海に浮かぶ島・犬島です。

犬島では、かつて倉敷の帯江鉱山に併設する製錬所が移転され、1909年に犬島で新設されました。しかしその後、銅の価格が大暴落したことを受け、わずか10年で操業を終えました。

犬島精錬所美術館 写真:阿野太一

島の東側には、製錬所が稼働していた時代を思い起こさせるような煙突や、鍰煉瓦造りの工場跡などが残されており、日本の産業の近代化に貢献した遺構として、平成19年度経済産業省による「近代化産業遺産群 33」のうちの「story30」に認定されています。

10年で役目を終えた製錬所は廃墟と化していましたが、2008年に現代アーティスト・柳幸典氏と建築家・三分一博志氏により、自然エネルギーを活用した「犬島精錬所美術館」として生まれ変わりました。

犬島精錬所美術館 写真:阿野太一

美術館の建築は蓄熱性の高い鍰煉瓦や、製錬所時代に使われていた煙突を活かした作りとなっており、電力による空調を一切使わない、環境に配慮した空間が実現されています。
≪瀬戸内「鍰造景」資料館≫では、犬島精錬所美術館に残る「鍰造景」の写真も展示されました。

「鍰」がつくる風景を巡る鑑賞ツアー

ベネッセアートサイト直島では、「鍰」がつくる風景をテーマに直島と犬島を巡るツアーも実施しています。(2021年11月時点)

直島では、まず≪瀬戸内「鍰造景」資料館≫を鑑賞してから、実際に宮浦地区を歩き、鍰が作り出す風景を探します。外壁や水路、道路脇のちょっとしたタイルから住宅の瓦まで、あらゆるところに存在する鍰を見つける作業はまるで宝探しのようにも感じられます。

直島・宮浦地区で見られる鍰の風景

直島の集落を歩いた後は、犬島に移動します。
犬島では、近代化産業遺産を巡りながら、鍰煉瓦が銅の製錬所の一部として残されている景観に目を向けます。

日本の産業の発展を支えてきた製錬所そのものが島の風景として残っている犬島では、直島とはまた違った角度から近代化の歴史や背景を体感できるでしょう。また、島に残された資源や自然エネルギーを活用した美術館を体験することで、環境との関わり方や新しい社会の在り方を考えるきっかけにも繋がるかもしれません。

ツアーでは最後に、好きな鍰煉瓦を選んで紙に型をとる「フロッタージュ」も体験いただけます。

「鍰造景」-日常の風景の中から見えるもの

ベネッセアートサイト直島で展開している数々のアートプロジェクトの背景には、島の歴史や文化、自然、人々の営みなど地域ならではの特徴が多く存在しています。
「鍰」は直島の日常風景に溶け込んでおり、島の方にとって珍しいものではありません。しかし、日常的に見ているもの、気にしていなかったものでも、よく注目してみることでいつもの風景が少し変わって見えたり、その場所の歴史や背景を考えるきっかけに繋がったり、地域に潜在する魅力に気が付くヒントを得られるかもしれません。
アートだけでない、直島や犬島の銅製錬が生み出した島独自の風景にも注目してみてはいかがでしょうか。

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「ベネッセアートサイト直島」は、直島、豊島、犬島などを舞台に、株式会社ベネッセホールディングスと公益財団法人 福武財団が展開しているアート活動の総称です。訪れてくださる方が、各島でのアート作品との出合い、日本の原風景ともいえる瀬戸内の風景や地域の人々との触れ合いを通して、ベネッセグループの企業理念である「ベネッセ=よく生きる」とは何かについて考えてくださることを願っています。
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